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2009年09月13日

我が家にテレビがやってきた

AQUOS1

AQUOS2

AQUOS3

我が家にテレビがやってきました。Sharp の 32インチAQUOS です。

基本的には映像用モニターの用途として導入しました。Mac mini のモニターの役目も果たしていますが、Mac mini は基本的にはデータ管理の用途で使用するつもりなので、パソコン用モニターとしては少々見劣りのする液晶テレビでも、十分に役割を果たします。

大画面で映像を見ると、やはり違いますね…。いままでは10インチのポータブルDVDプレイヤーで代用していましたから。

しかし、AQUOS よりも、Mac mini の静音性に、驚いています。本当に静かです。

ちなみに、Mac mini 自体は真っ白ですが、接続するキーボード、マウス、マウスパッド等の周辺機器は、AQUOS にあわせて、黒で統一してみました。部屋のほとんどが白ベースで統一されていますが、黒が入り込んだことで、結構引き締まった気がします。
posted by 成瀬隆範 at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

TV無し生活の終焉

notv


引っ越しをきっかけにテレビを自宅に置かない方針に決め、はや10年が経ちました。この10年間、テレビ番組をほぼ全く観ずに、生活を送ってきました。特に何も、不自由せずに。

テレビを自宅からなくした当初は、本当にたくさんの書物を読んでいた気がします。当時はバイクに乗っていたので、近隣市内のありとあらゆる図書館を回って、本を借りまくりました。おそらく、1ヶ月に50冊以上の本を読んでいたと思います。他にやることがありませんでしたから…。

本以外にも、CDを借りまくって、MDに録音しまくってました。これも気づいたら、800枚ほどたまっていました。テレビが無いと、生活に音が無くなるので、音源集めが生活に潤いを与える不可欠な要素だった気がします。

そのうち、インターネットが普及し始め、自分自身でホームページを作成するようになり、情報集めの大半はパソコンに移行しました。その流れに従って、自然とあまり本も読まなくなってしまったような気がします。

で、現在に至るわけですが、本日を持って、テレビ無し生活に終止符が打たれることとなりました。ついに、液晶テレビを買うことを決意したのです。どちらかといえばテレビ閲覧用途ではなく、映像モニター用途なので、テレビ番組はあまり見ないと思いますが…。いずれにせよ、「家にはテレビが無い」状態ではなくなるわけです。明日になれば。

ってなわけで、テレビ設置予定エリアです。あっという間に「ライティングデスクエリア」が消え去ってしまいました…。

ちなみに、右側にちょこんと座っているのは、ストレージ&サーバー用途メインで使用する予定の新参者のMac miniです。

posted by 成瀬隆範 at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月21日

残っていた名前

大学時代のサークルのことなんて、自分にとっては遠い昔のことで、たいしたことは、覚えていない。過去を自分で変えることは出来ないから、たぶん、自分は過去のことを、すぐに忘れてしまうのだと思う。

大学時代は、学問の世界の閉鎖性に嫌気がさして、音楽ばかりをやっていた。自分の活動のベースはサークルだったわけだが、今考えると、サークルをサークルとして有効活用していたとは言えなかったように思う。結局は、音楽という視点で自分を見つめていたに過ぎなかったのだから。

大学を卒業して、自分は一旦音楽を捨てた。音楽を楽しめなくなっている自分に気づいたから、ということもあるし、新たに今の仕事をはじめ、美術の世界という新しい分野への一歩を踏み出したから、ということもある。しかしそれでも、「言葉で表現する」ということを捨てきれずに、その頃は、自分の文章力を磨くために、数多くの小説を書いたりしていたのだが。

それでも最近は、捨てたはずの音楽を少しずつでも取り戻しつつある。未だ自分で演奏行為を行うことにはためらいが大きいものの、時として、ふと、家にある楽器を取り出してみたりすることがある。殆ど使わないのに、未だに家には、ギター/ベース/ドラムマシーン/キーボード(最近、別所に置かせていただいている)/HDD MTRまでそろっていて、いつでも音楽を生み出せる状態にある。

実際、生み出すことは、ほとんど全くないのだが。

今日はちょっとしたきっかけがあって楽器が弾きたくなり、久しぶりにギターを取り出してみた。「継続は力なり」という言葉の重みは、教育に携わる身としては、自分が一番よくわかっている。継続していない自分に、納得のできる演奏が出来るわけも無い。が、それでも、自分が楽器のプロではないということをいいわけに、戯れに弾いてみたわけだ。

忘れてしまっているはずの大学時代のサークル。ふと思い出した顔があった。あいつはいま、何をやっているんだろうか、と。

サークルにいた時から、テレビに出演していたり(その様子は、検索すればYoutubeで出て来たりする)、学生という身分にしてはかなり値の張るベースを買ったりと、自分とは違って、そもそもは音楽を中心にして生きているやつだった。

幸い、というか、唯一、そいつの名前はしっかりと覚えていた。だから調べるのは、そんなに難しくなかった。そして調べてみて、ほんの少しだけ、驚いた。自分と、似たようなことをやっていた。進んでいる路は、自分と大きく違っているけれど。

でも、感じるのは、そいつが、しっかりと自分の思う通りの路を進み続けているのだろう、ということ。苦労は多いことだろうけれども、迷うこと無く、きっと、ずっと進み続けていくのだろうと思っている。あの頃から、たぶん、そういうやつだと思っていたから。
posted by 成瀬隆範 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

Jx "Son of a Gun"



2009.6 Fashion Show Setlist 1
posted by 成瀬隆範 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

志ん生 替わり目



粋だなァ…。
posted by 成瀬隆範 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月18日

カサス

大橋純子の Wikipedia を見ていたら、いつの間にかそれが『火曜サスペンス劇場』につながり、Youtube で岩崎宏美の「カサス」のテーマを初代〜5代目まで、しっかりと鑑賞する衝動に駆られてしまった。

火サス主題歌
初代:岩崎宏美「聖母たちのララバイ」(1981年9月29日 - 1983年4月26日)
2代目:岩崎宏美「家路」(1983年5月3日 - 1984年6月26日)
3代目:岩崎宏美「橋」(1984年7月3日 - 1985年6月25日)
4代目:岩崎宏美「25時の愛の歌」(1985年7月2日 - 1986年9月30日)
5代目:岩崎宏美「夜のてのひら」(1986年10月7日 - 1987年11月24日)

ただ、自分にとっての「火サス」のテーマソングは、この後の6代目主題歌、杉山清貴「風のLONELY WAY」だったりする。



http://www.youtube.com/watch?v=LBqNfvQZdCM

自分にとっての杉山清貴は、オメガトライブではなく、「風のLONELY WAY」、そして、「火サス」である。よく覚えてはいないが、たぶん、入院中だったのではあるまいか。「風のLONELY WAY」を、初めて聞いたのは。

入院の退屈を紛らわせるために、親が買ってくれた、小さなアンテナ付きテレビ。「風のLONELY WAY」に惹かれ、退院後も自分は、火曜日になると、必ず「風のLONELY WAY」を聞くために、「火サス」を観た。

そこでは総じて愚かな人間が、愚かな行為を重ねていく様が、毎週執拗に演出され、描写されていた。ほの白く青い光に包まれた夜の中で、毎晩のように肩を怒らせてじっと空中を見つめている馬鹿馬鹿しさを、自分は、それに投射した。

だからいまだに、自分にとっての夜はまるで火サスのようなもので、眠ることの快楽をあまり知らない私は、時々馬鹿馬鹿しくも、「火サス」を見ていた頃の感覚で、その居心地の悪さを、取り戻したくなってしまうのだ。
posted by 成瀬隆範 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

虹とスニーカーの頃



かつて自分の見ていたCMに同級生が出ていたことも知らず、その曲名だけは、ずっと忘れずに憶えていた。

最後に顔を見たのは、もう20年も前。ふとした記憶から調べてみて初めて、その人の名前がWikipediaにも載っていたことを知る。

昨年、一般人と結婚し、もう子供もいる模様だ。もしかして、その「一般人」も、私の知る人間なのだろうか…。
posted by 成瀬隆範 at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

Heal the World

ちょっとした連絡を受けたことをきっかけに、過去に自分がやった和訳を思い出した。




死んでいく人たちもいるんだ
もし君が生きていこうとするのなら
もっと素晴らしいものにするんだ
君と僕のために




多くの人間に興奮と幸せを与えてきた人だったはず。その分、命数を使い果たすのが早かったのだろうか…。

肉体は消える。物質は壊れる。でも、彼の作った作品の奥底に流れる精神はたぶん、彼の人生の命数よりも長く残り続けていく。
posted by 成瀬隆範 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

生き残ってきた波の数

holdmelikewaves.jpg

中野で音楽/映像資料を探していると、映画『波の数だけ抱きしめて』のサントラを安く入手することが出来た。

自分は、この頃は高校生。ホイチョイ・プロダクションズの一連の作品は、題名だけ覚えている、という感じである。当時のバブル末期の時代の流れは、ただ傍観者として接しているうちに、「バブル崩壊」という言葉のみが強烈な印象を残し、時代は停滞の時代へと突入してしまったわけだ。

映画『波の数だけ抱きしめて』は、湘南ミニFM局の運営をめぐっての 1982年当時の若者の青春を描いた映画。このアルバムは同映画のサウンド・トラックで、映画内の架空のFM曲で流された曲が収録されている。

波の数だけ抱きしめて』は、時代を反映したような明るく切なく恥ずかしい作風の映画であり、選曲も当時お洒落だったAORである。だから、バブル崩壊とともに、その映画の良さを理解する感性も、急速に時代の主流からも外れていってしまったように思う。

しかし、間違いなくあの頃は明るかった。多くの人が実体のないものを信じ、その上面を流れるように軽く滑って行ってしまったのに対し、ホイチョイ・プロダクションズは、その根底にあるものをしっかりと見据え、『気まぐれコンセプト(漫画、1981年〜)』『サントリー・サタデー・ウェイティング・バー AVANTI(ラジオ番組、1992年〜)』など、長寿作品や、近年では『メッセンジャー [DVD](映画)』『バブルへGO!!(映画)』などのヒット作品も制作することが出来ているのだと思う。


>>Album Information
posted by 成瀬隆範 at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

ジョバンニのミストーン



昨日は高校時代からの友人の誘いで、Giovanni Mirabassi のトリオの演奏を聴きにいってきました。

ずいぶん前にその友人からソロアルバム "Avanti!" を貸してもらったことがあるけれど、その音源を入れておいたはずの itunes のデータが数ヶ月前に全て飛んでしまい(1万曲分のデータがおじゃんになりました)、すっかりどんな人だか忘れたままで、行くことになりました。

Giovanni Mirabassi (p)
ジョバンニ・ミラバッシ(ピアノ)
Gianluca Renzi (b)
ジャンルカ・レンジ(ベース)
Leon Parker (ds)
レオン・パーカー(ドラムス)

出だしはピアノソロで開始。もちろんプロですから、そつなく質の高い演奏をこなします。しかし、演奏の質が高いからこそほんの数秒の些細なミスが目立ってしまい、それがいくつか重なってしまっていたように思います。

開始当初なんとなく違和感のあるトーンがいくつもあって、何となく「様子を見計らっている」雰囲気。ちょっと不安になりましたが、そのままうまく流れを見つけることが出来たようです。ちなみに、どうやら友人はどちらかというと "Avanti!" イメージのピアノソロを求めて行った様子。ソロ中の肝心なところでミストーンしたり(後述)、ベースソロ中になぜか自己主張を始めたり(後述)、アンコールの "Autumn Leaves" の演奏のイントロがわざとらし過ぎて個人的にはあまり好感が持てなかったり(日本人へのサービスのつもりで意図的にやったように思いますが、自分にとっては Too Much です)と、演奏の質が高い分だけ目立つマイナス面が存在していました。

アップライトエレキベースの Gianluca Renzi は、終始落ち着いた様子で、そつなく安定した演奏。ただ、トリオで演奏中、Giovanni Mirabassi がソロ部分で本来「弾きたかったはずのフレーズ」の最後の1音を(恐らくは)半音高く弾いてしまったのを聞いて思わず吹き出していたり(三者ノリノリでテンションが上がっていたところだったので無理もなし。きちんとそのフレーズが決まっていれば、とてもかっこ良かったはず…)、アンコールの演奏ではせっかくの Gianluca Renzi のアルコ(弓)を使用したソロ演奏中になぜか Giovanni Mirabassi が自己主張した演奏を始めてしまい、「お前、ソロやりたいのか?お?お?」とばかりにアルコで Giovanni Mirabassi を指してジョーク気味に挑発するなど、時々お茶目な行動もとっていました。

一番楽しそうに演奏していたのは、ドラムの Leon Parker なのではないかと思います。Giovanni Mirabassi は多少調子が良くなかったように思えたものの基本的には正攻法でそつのない演奏、ベースの Gianluca Renzi も安定志向と、ピアノとベースが割と安定した土台を築いている分、Leon Parker がその土台の上で自分の思うまま、自由なドラミングをしていたように感じました。少々トリッキー過ぎるのと、その演奏の自由さ(あるいは無邪気さ)がピアノトリオとしてのハーモニーという意味で少々邪魔に思える部分もあったように感じてしまったのが残念ですが。ただ、ベースとのフォーバースの時に、ベースソロでの微妙な音程の変化を受けて、スティックの柄でタムの表面を強く押すことでその音程の変化をそのままドラムで再現したインタープレイを実現していたのには、素直に感心してしまいました(Gianluca Renzi もどうやら感心した様子でした)。今までにそのような奏法は体験したことがありません。

私はあまりライブやコンサートには行かないタチですが(費用対効果がマイナスになることが多いから)、たまに行くと、何らかの刺激になるのは事実です。 Giovanni Mirabassi 目当てに行ったのではないからこそ、Giovanni Mirabassi の演奏にあまり好感が持てなかった部分があったとはいえ、質の高い演奏をそれなりに楽しんで聴けたように思います。
posted by 成瀬隆範 at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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