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2008年02月28日

面影はポート・エレンに 3

前回の続き

私は目を丸くし、いいんですか、と、思わず聞いた。いいんです、と、答えが返ってくる。

一度注がれたものに対しての遠慮は無用である。まさか、元の瓶に戻すわけにもいかないのだから。私は、有り難く頂戴することにしたのである。

それが、初めてのポート・エレンだった。もう2年も前の話である。それ以来、たくさんのバーに行ったが、ポート・エレンを見かけたことはなかった。もっとも、私は全ての酒を知っているわけでもないのだから、当然見落としもあるだろうし、バックバーの2列目以降に入っていたとしたら、それはもう見えはしないのだ。

ともあれ、一番上の棚にあるのは、紛れもなくポート・エレンである。普通に飲もうとしたら、ワンショット数千円は平気でとられてしまうシロモノである。ところが、その日は、ワンコイン割引を実施している記念日。気になる酒はありますか、と問われた私は、狡猾にもそんな計算をしながら、言ってみた。

「ポート・エレンが気になりますね」

さすがにワンコインとはいきませんが、と、バーテンダーは、少し笑って前置いた。

「通常の半額で提供いたします」

Port Ellen 27年。ドイツでのウィスキーフェアでの特別記念ボトルらしい。既にキャプテン・モルガンを賞味し終えていた私は、ためらうことなく、ポート・エレンを頼んだ。

透明なチューリップの花びらの中に、琥珀色が注がれた。チューリップの花弁が蜜を守っているように、透明に煌めきながら、半球形に揺れているポート・エレンを包み込んでいる。

チェイサーを少し口に含む。キャプテン・モルガンの甘さは消える。マリーの記憶も洗い流される。新しい人を、迎え入れる準備をする、というわけだ。

ポート・エレン。私は少し息をのむようにして、モルトグラスを傾けた。

少し口に含む。香りが鼻に抜ける。煙の向こうに浮かぶ、熟成した豊かさ。敢えて自己主張をするまでもなく、内に秘められた才能が自然と色となってにじみ出てくるような、適度に抑制された力強さ。

脳裏に面影が浮かんだ。出会った初めて、それが最高に美しいと思ってしまった、ずいぶん昔にたった1回見ただけの、そんな「最高の女性」が。

次回へ続く
posted by 成瀬隆範 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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