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2008年03月31日

【Photo】From Then On #2 追いかけて

【Photo】From Then On #2 追いかけて



後姿、なんてものは、今までだって会う度に見てきたはずだった。

4年前に来るはずだったその場所に、今やっとこうして2人で来ているのだということに気付いた。その歳月は、お前が振り向かなかったから過ぎ去ってしまったのか、それとも、自分が追いつこうとしているうちに、いつの間にか過ぎ去ってしまったのか、どちらなのかはわからない。

今になってやっと、お互いの歩調を合わせることが、少しずつできるようになってきたのだろうか。
posted by 成瀬隆範 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月30日

【Photo】From Then On #1 やわらかな風

【Photo】From Then On #1 やわらかな風



声をかけてきた時。一瞬、誰だかわからなかった。

そこにいたのは、とても優しくやわらかい空気をまとった女だった。ほんの数枚の服が、らしくない色使いが、それでも、私にはとても新鮮に思えたし、ずっと探していたような、意外な一面を見たような気がした。

お前の写真は何回も撮ってきた。ずっとモノトーンだった色のない世界に、今回は初めて、色を乗せてみようという気がしたんだ。
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2008年03月24日

壊れやすい贈り物

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手紙。

これからも学院でがんばって下さい。これからも、学院で、がんばって下さい。私が学院にいることが、まるで当たり前みたいに。

手作りの鎖はどうやら壊れやすいみたいだけれど、それでも少なくとも、私をつなぎ止めるくらいの強さはあるはずだ。

「あなたは一体、生徒を教える、ということを捨てることができるのですか」

そんな問いを、全く見知らぬ人から投げかけられたのは、つい最近のことだ。それも今はもう、まるで遠い過去のようなものだ。
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2008年03月23日

求めていた華

080322bottle.jpg


酒を飲まずにはいられないような生き方はしていないつもりでも、酒を飲みたくなってしまうような出来事には事欠かない。

久しぶりに写真を撮った。RICOH GR は最高の相棒で、その時の自分の内面を正確に反映させる。シャッターを押した瞬間に、良い作品が撮れたかどうかは、大抵感じることができる。

子供達の遊ぶ公園を過ぎる。団地の隙間の小さな店の群の間を進む。重なる日常の隙間を抜けて、今まで行ったことのない場所を歩いていく。車の音は遠く、電線と鉄柵が空を縦横無尽に切り取る。しかし、シャッターを押しても、充実感がない。いつまで経ってもファインダーに残るのはただの映像で、それは自分を映し出してはいない。

無理矢理に癒しを求めて空を撮ってみても、眩し過ぎる光を捉えきれない。山下達郎が蒼氓を歌っても、琥珀色は輝いて来ない。ただ足を交互に動かし進むことで、目的地に近づいたつもりになるしか、術がない。

いつしか強烈だった太陽の光は淡い雲のグラデーションに包まれ、空を青から赤へと染め上げようとしている。私はがっかりして、太陽に背を向ける。朽ちていく太陽などいらない。

結局、自分の心を唯一映し出したのは、ゴミ捨て場に捨てられていた、なんてことはないビール瓶の詰まったケースだった。

1本1本の酒を積み重ねるように飲み干し、排泄をしては解決したような気分になって、また明日を迎えようとしていた人の残骸。瓶に写った歪んだ自分の姿を見ていないふりをしては、それをゴミとしてまとめて片付けようとする人間達の、艶めいた自己満足。

私はレンズを向けて、それを切り取るためにシャッターを押した。冷徹な目で観察できる対象をそこに感じ、そこに写り込んだ自分を、確実に意識しながら。
posted by 成瀬隆範 at 02:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月15日

進まない心

バーに行こうと思ったら、雨が「行くな」と降ってきた。ICE の Big Beat From The City を聴きながら、最後に残った McClelland's を空けてしまうことにした。

ふと思い立って、Youtube で Blue Moon のプロモーションビデオを探してみた。まぶしく光の当たった石垣島の映像を見ながら、まるで取り残されてしまったかのような国岡真由美は今どうしているのだろう、と、考えてしまう。

ICE はとても好きなユニットだった。なんで、過去形で書かなければならないのだろう。アルバムの中に収録されている全ての曲を気に入っているミュージシャンは、ICE 以外には存在していない。ギターの宮内和之が亡くなったのは、2007年12月18日のことだった。

その時自分は、行きつけのバーで飲んでいた。翌日はマスターの誕生日でもあり、私は自分でデザインしたドリンクチケットを、ちょうど一日が切り替わる瞬間を待って、誕生日プレゼントとして渡した。煌めく光のデザインにマスターはとても喜び、私も大きな達成感に包まれた。

喜びの中、私はいつもと変わることなく飲み続けた。時間はどんどん過ぎていく。1人また1人と、家へ帰る。そして、ある人が帰り際に、私にそっと耳打ちしたのである。

「ICE のギタリストが、亡くなったそうですよ…」

それは、予想もできない衝撃だった。その2日前には、Dan Forgelberg も亡くなっていた。人は生まれる一方で、どこかへと知れずいなくなっていってしまうこともある。また会えることもあるのかもしれないし、もう二度と会うことがないのかもしれない。それでも今日の後に、同じような明日が続くことが当たり前だと思い込み、人は生きていく、というわけだ。

パートナーを失うとは、どんな気持ちなのだろう。自分には、想像することしかできない。この10年で、想像の力の大きさを十分にわかったつもりでも、それでも、パートナーがいない自分にとっては、そんなこと、本当にわかるはずもない。

Blue Moon の映像では、国岡真由美は宮内和之のことを見ていない。
宮内和之はサングラスをかけ、どこを見ているのかすら、わからない。

Wikipedia によれば、二人は宮内和之の晩年に結婚したそうである。宮内和之の5年間闘病生活。その時間の流れを考え、国岡真由美の心を推し量ってみても、思考はただ上っ面を滑っていく。

曲は次々と切り替わる。Blue Moon から Night Flight 、そして Sherry My Dear へと、次々と私はクリックを重ねる。ライブ映像を見て、私は強烈に自覚する。クリック。Baby Blue。宮内和之と国岡真由美のツインリードボーカル。

私は強烈に自覚する。少し前から、わかっていたこと。クリック。Love Makes Me Run。どこか似ているんだ。国岡真由美は。

クリック。Slow Love。McClelland's は既に空になり、私はずいぶん前に冷凍庫に入れておいたイェーガーマイスターを取り出し、ショットグラスに満たした。

こういう飲み方をする時、酒は感覚を麻痺させることはできても、心を満たすことはない。あまりほめられた飲み方ではない。イェーガーマイスターを選んだあたりに、健康へのくだらない気遣いがみてとれる、というわけだ。このような飲み方を重ねていくと、最後には、酒に飲まれてしまうのだから。

クリック。Kosmic Blue。クリック。Truth。

自分が望む、たった一言が聞けなかっただけで、心が離れていってしまうこともあるのだ。

クリック、So Into You。何回重ねたとしても、何も満ちることがないことは十分わかっているはずなのに。
posted by 成瀬隆範 at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

ファーストバトル

自宅近くのソウルバーでダンスを踊るようになってから、身体表現に関しても、自分のテリトリーとして取り込もうと思っているわけです。

とりあえずダンスについて色々勉強しようと思ってダンス関係のDVDを多少揃えてみたのですが、手元に World B-Boy Championshiop 2004 という、どう考えても自分のダンスのスタイルとは全く違う、ブレイクダンス系のDVDがあるのです。

で、それを見て以来、ダンスの「バトル」に多少なりとも興味を持っていたのですが、今日、というか昨日、某所でのイベントで知り合いのDJが出演するので出かけたところ、偶然にも「バトル」に巻き込まれることになりました、というより、事実上、1対1のバトルでした。

自分は誰にダンスを習うというわけでもなく、せいぜいDVDを見る程度が練習と言うか研究の関の山なのですが、相手は明らかにしっかりと練習を積んでいるわけで。

とりあえず、どんなリズムでも踊れるのが自分のスタイルなので、臆面もなくバトルに応じてみました。

World B-Boy Championshiop 2004 を見たときは、岡目八目の格言の通り、大体の勝敗の予想はつくわけです。日本人チームはただあらかじめ設定したダンスをなぞっているだけで全くと言っていいほどグルーブ感をモノにしていないし、失敗を成功に魅せるテクニックも皆無で、世界チームの実力との差が歴然としているだとか、ブレイクダンス先進国と言われているらしい韓国は、わりと直線的な印象だがかなり魅せるブレイクダンスを踊るとか、フランスチームはチーム名からして明らかにオタ系(ある意味アート的)なのだけれど、トリッキーな動きで魅せるタイプ(の人が目立つ)だとか、やはりアメリカの力技(と優勝チームのチームワーク)は圧倒的な魅力があるだとか。

でも、自分自身はブレイクダンスでもなんでもないし(年齢的に無理)、実際に踊っている時には、バトルの勝敗等はわからんものなのです。

勝敗はわからないけど、ただ何となくわかるのは、「なぞるのと、なぞらないのと、どちらがよりオリジナルなのだろう」という点に対する答え。それは、その他の表現手段に関しても、たぶん、同じ回答が用意されているものと思われるわけで、というよりも、そう信じたいだけです。
posted by 成瀬隆範 at 03:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

春を待つとまどい 3

前回の続き)

私は片眉を上げる。言葉はすぐには、出てこない。

私の目の前においてあるのは、ラフロイグをウィルキンソンの辛口ジンジャーエールでほんの少しだけ割ったものである。今は真剣に向き合うより、気軽に時間を過ごしたかった。だから、普段はほとんどしない飲み方を選んだ。

琥珀色の液体の中で、大きな氷がひとつ、琥珀色を艶めいて溶かしながら浮いている。彼の手の中のブラックブッシュで煌めいているような氷の色彩は、今、自分の目の前にはない。自分の目の前にあるのは、むしろ、琥珀色の年月を溶かし切ってしまったような、円熟した深さの固まりだ。

よく、遊んだものだ。こいつとは。

まるで子供のように、色々なところへ行って、色々なことを経験して、つまらない理由で喧嘩したり、くだらない冗談で溝を埋めてみたりした。

昔から、未来を計算する、などろいう器用なことができるタチではなかった。そのくせ、安定した未来を得やすい会社に就職し、自分と周囲との考え方のギャップを消化しきれずに、いつだって悩んでいる。どうしても未来を見てしまう自分が、未来を見るにはあまりにも不安定な職業を選び、しかし悩みも苦しみも殆どなく仕事をしているのだから、皮肉なものである。

だからこそ彼は、煌めきを掌の中に掴んでいる。私は円熟した深さを目の前に、それを掴みかねている。1年前、結婚によって彼は、自分自身の未来とパートナーとの未来を重ね合わせた。そして1年後、彼は自分自身が他人の未来を創り出していたことを強烈に自覚した。煌めきはもう、子供に与えてやらなければいけないものなのである。

喜びを噛み締めるとともに、彼が覚悟を抱きとめるために、今日酒を飲みにきていたことを、私は知った。たぶんこれは、男の本能に近い、非常に動物的な感覚なのである。子供ができた喜び以上に、自分が守るべき者達を守っていかなければいけないということを、強く自覚し、受け入れるということは。

例えば自分なら、さっき買ったばかりの安いミュールをレストランで取り出して、瞳をきらきらさせながら嬉しそうに眺めている、そんな女の瞳の煌めきが愛おしいと思えば、その輝きを守るためには、何でもする気になるだろう。だがそれは、彼が新しい生命の創造に関わったということに比べれば、あまりにも軽く、お手軽なものなのである。

世の中はいつだって不安定で、安心して生きていくことなんて、できるものではない。でも、未来を見ることが苦手な彼は、もう、未来を直視することができるだろう。そして一歩を踏み出すために、自らの子供に楽しげな煌めきを与えることを決意するために、彼にはこの空間が必要だったのである。

「昔に戻れば良いと、思うこともあるのだろうが……」

私は目の隅で、彼がグラスの傾けるのを捉えていた。氷がグラスと触れ合って、美しい音を立て、BGM にひとつの音階を滑り込ませた。

ジャズはまだ流れていた。彼のリクエストした曲が。一見不器用だが、盛りだくさんで、どんどんがんばって前に進んでいくような、そんな楽しげなジャズ・メッセンジャーズの組曲が。

無骨なグラスからは琥珀色が消え、一点の曇りもない、透明な煌めきを放つ氷だけが後に残った。煌めきは、もはや彼自身が飲み干すことはできないものだったのである。

(終)
posted by 成瀬隆範 at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

春を待つとまどい 2

前回の続き)

そこは洋酒専門店を銘打った、洋酒バーである。照明を落とした店内はバックバーに琥珀色が溢れ、ジャズのレコードやCDが奏でる音が店内を満たし、ほぼカウンターのみの狭い店内は、不思議な春の温かさにしっとりと包み込まれている。

無骨だが豊かな木の曲線と緩やかな木目がそのまま活かされたカウンターに私と友人は席を取っていた。時折マスターが酒を作っている姿を、そのまま鑑賞できる位置である。

バーにも色々なスタイルがあるが、職人性と芸術性の融合、伝統的感覚と若々しい感覚の融合が高度になされているという点において、このバーは他のバーに比べ、群を抜いた魅力を備えている。そして何よりも素晴らしいのが、マスターの人柄である。高度な技術とこだわりを備えていながら、一切それを誇ることなく、いつもやわらかな笑顔と温かさで接客を行っているのだ。

このバーは自分で開拓したのではなく、他の店のバーテンダーから紹介を受けたものである。本当は誰にも教えたくないのですが、と前置きをしつつ、惜しげもなく教えてくれた彼は、やはり私と同年代であり、将来は吉祥寺に店を持つことを夢見ている。とある鞄屋の店鋪の店構えをやけに気に入り、店を持つならあそこかな、それじゃ俺は鞄屋が繁盛して別の大きい店鋪に移ることを祈っとこうか、などと冗談を言い合ったりもする。

本当は教えたくない、の持つ大きな価値を、私はわかっているつもりだった。そして紹介を受け、実際に店鋪に足を運んでみて、私も思ったのだ。

ここは本当に大切な人にしか、教えたくない店だ、と。

その日連れてきたのは、高校時代からの友人だった。無骨で不器用で、それでも、とても真っすぐな人間である。賢く振る舞うことはできないが、結果的には自分自身にとって正しい道を選択して歩くことができ、私とはある意味正反対の個性を持っていながらも、腹を割って話をすることのできる、大切な友人なのである。

彼は、アイリッシュ・ウィスキーを好んで飲む。私はモルトをストレートで飲むことが多いが、ストレートは、彼のスタイルではない。ストレートは、あまりにも真剣で真面目すぎる。彼はウィスキーをそのように鑑賞するには、あまりにもロマンチストなのである。ロックで注文をし、ずんぐりとしたグラスの中を彩る氷の煌めきを掌に抱えながら時間を過ごすのが、彼に一番相応しいやり方なのだ。

「なんだか懐かしいんだよな……」

呟き。

私はそれに、頷きを返す。時を経た、丸みを持った温かさ。この空間はあまりにも快適で、時間を確認する、などという考え方すらなくなってしまう。腕時計は、この場所ではただの邪魔者なのだ。

「実は、今日会いたいと思っていたのはさ……」

彼の心の壁は、この空間と、好きな酒によって、だいぶ溶けてきたようである。

「子供、が、できた、らしいんだよ。俺に。」

次回に続く
posted by 成瀬隆範 at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月04日

春を待つとまどい 1

「お前なら、きっと気に入ると思っていた」

アイリッシュ・ウィスキーの温かさに身体を包まれながら、くつろぎ微笑んでいる友人を隣に、私はバーテンダーの位置を気にしながら、囁いた。

「今俺がお前に送ることのできる、これがたぶん最高のものだ」

友人は頷く。言うまでもないことをあらためて口に出してしまった気恥ずかしさを感じながら、私はラフロイグを口にした。非常に珍しいことである。Ardbeg の置いてある店で、ラフロイグを頼むことは。

初めての結婚記念日を祝ったメールをきっかけに、その日私は、友人を誘い出していた。

友人は私がこれまでに数えきれないほどのバーを巡っていることを知っている。だから、彼と会うときは、たいてい私が店の候補を提案することになる。

その日もいくつか候補を挙げた上で彼に選んでもらった。携帯メールの送信履歴には、以下のような文章が残った。

A) 件の行きつけの店へ連れて行く。こないだの店の上だ。
B) お前なら絶対気に入るはずのバーがある。マスターは恐らく俺らと同年代。数々行ったバーの中でも、最高水準の素晴らしさ。
C) ラム専門のバーに案内する。
D) ゴールデン街で1軒開拓し、1軒紹介を受けている。君好みではないかもしれないが、興味深い同所の足がかりにはなるかも。

私は彼が B を選ぶであろうことを確信して、送信ボタンを押した。そして彼は、B を選んだ。そして今、私たち2人は双方好みのウィスキーを目の前に、懐かしいジャズを聴きながら、既に長い時間を過ごしていた。

(次回に続く)
posted by 成瀬隆範 at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

面影はポート・エレンに 5

前回の続き)

私は、滅多に何かをほめることはない。それは、自分の心をつかんで離さないほどの大きな価値を持つものが、なかなか見出せないからである。しかし、私は、自分がそのような価値を見出したと自覚した時には、包み隠さず、その気持ちを表すことにしている。

好きだ、とても素晴らしい、と。

そういった意味では、私は、Ardbeg Very Young と、Ardbeg 17年が好きである。いや、その個性を、愛しているといってもいいくらいである。Ardbeg Very Young はその激しさと荒々しさと、持っている力の強大さ故に。そして、Ardbeg 17年は、その洗練された美しさと、そのように美しくなるまでに経てきた、大いなる年月を連想させるが故に。

ウィスキーの1滴を作るために、どれだけの歴史と労力がそこに費やされているか、私は、公表されている知識としてしか把握してはいない。しかし、いわゆるエネルギー保存の法則を越えて、単なる大麦の化学反応液が、Ardbeg Very Young や Ardbeg 17年として私の心を捉えて離さず、そこに大きな価値を生み出すのであれば、私にとってウィスキーとは、酒とは、それはただ単にスノッブ的な価値感を越えた存在となるのである。

私は、未だに Ardbeg TEN を飲むと、心が躍る。その4年前に通り過ぎたはずの、隠しきれないほどの、強烈さと、力の強大さを感じて。そして、7年後に落ち着くはずの、豊かな経験を元にした、洗練された美しさを感じて。

面影は、ポート・エレンに。もう二度と、会えないわけではないのだと、そう思いながら、私はまたバーを巡ることになる。

(終)
posted by 成瀬隆範 at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月01日

面影はポート・エレンに 4

前回の続き)


それは、Ardbeg 17年という名の、最高に美しく、そして、もう二度と会えないかもしれないシングルモルトの面影だった。

Ardbeg は、個性がはっきりしているシングルモルトウィスキーの中でも、更に強烈な個性を持ったウィスキーをつくり出すアイラ島の蒸留所で作られたシングルモルトである。そして、そのアイラ島のシングルモルトの中でも、特に個性的で強烈なモルトであるといって、間違いないであろう。

その個性は、非常に強烈な煙臭さ(スモーキーさ)にある。ウィスキーの原料である大麦麦芽を乾燥させる際の燃料である泥炭がウィスキーの香り付けと個性にかなり大きな役割を果たしているのだが、この泥炭の香りが Ardbeg は特に強く、豊かなのである。換言すれば、それはとてもキツく、臭いとも言えるのではあるが。

普通、見かけるのは、Ardbeg TEN(10年)である。一番の見慣れているのも、これだ。しかし、私が最も好んでいるのは、Ardbeg Very Young(6年)と、Ardbeg 17年だ。この2つのモルトは、ほぼ全く違った個性を持ち、それ故に、私を強く惹き付けるのである。

最初に飲んで一番衝撃を受けたのは、Ardbeg Very Young である。まだ6年しか熟成を経ておらず、非常に荒々しく、口に含むだけで、まるで京劇役者の剣舞のように、強烈な勢いで舌を攻めてくる。痛いほどの刺激の中で、しかし、その刺すような痛さののひとつひとつに、単なる荒々しさとは異なった、蓄積された力を感じるのである。まるで久方ぶりに好敵手を得たような、そんな高揚感を伴って鑑賞できるモルトなのである。

それに対して、ポート・エレンに面影を見た Ardbeg 17年は、極度に洗練されており、非常に「美しい」。どんなに辛い体験をしても、苦しんでいても、それを自分の中で消化し、受け入れ、表にははっきりと出さないでいるようでいて、内面の奥深さを予感させてしまうような、謙虚さがある。

私が「女性として」惚れてしまった美しさとは、それだ。たとえ内面はどんなに奥深くどろどろしていたとしても、それを感じさせないような、洗練された立ち振る舞い。それでいて、その奥深さを全く隠してしまうのではなく、危うさや、妖しさや、悲しさを予感させるような、ちょっとした仕草。私は、Ardbeg 17年を飲んだ時、それが、自分が女性に対していつも求めていた価値であることを、強烈に自覚せざるを得なかったのである。

酒は嗜好品である。だから、ひとつひとつの酒の間には、本来優劣など存在しない。存在するのは、ひとつひとつの酒の個性であり、その個性を自分が好きでいられるかという、たったそれだけのことである。

私は、Ardbeg 17年により、自分の理想とも思える女性像を、目の前に突きつけられたのである。そして残念なことに、もはや Ardbeg 17年を、普通のバーで見かけることはない。もはや殆ど、市場に流通していないと思われるのである。そして……それを人として、捉えた時にも。

しかし、その面影がまさに、友人の結婚記念日に迷い込んだバーで偶然飲んだ、ポート・エレンに映り込んでいたのだ。

次回へ続く
posted by 成瀬隆範 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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