GIGAZINE の記事。
賛否両論あると思うが、個人的には同意できる部分も多い。私は9年間アート業界の端っこにいるが、感性を主体として生きる人間たちの魅力に見せられる一方、その無責任さ、非効率性、美大受験システムの大いなる矛盾を痛感させられることの方が、多い。
>実際に会社のデザイン室を見てきてイヤというほど直面してきた。ほかの課の人は誰でも、デザイン室の様子を見て「なぜあいつらはあんなにゆっくりだらだら仕事をするのか」とうぐらいにだらだらしている。時間をかけて、遊んでいるのか働いているのかわからない。いわせると「芸術というのはそういうものだ、お前らに何がわかるのか」と口をそろえて反抗してくるのだが、それはただのいいわけと隠れ蓑に過ぎない。
アートに携わる人間がこのまま「社会」の流れを適切に把握せずにいれば、まちがいなく、アート業界の人間はいわゆる「負け組」になる(というか、既に「負け組」に組み込まれている者の方が多い)。
個人的には「勝ち組」「負け組」という言葉は好きではないが、何百年もずっと続いているアートの「パトロン体質」を改善しないと、アートに携わる人間は、この先もずっとただの金持ち(「勝ち組」)の奴隷となってしまうだけだ。既に奴隷根性が染み付いてしまっている作家も多いことだし。
感性重視を吹聴するくせに、内面的価値をろくに理解せずに金で作品を買い漁る人間にヘコヘコしなければいけない現状に疑問を抱いて当然だと思うのだが。もっとしっかりしなきゃダメだろ、と正直思うのだ。
>何を努力すればいいのかがそもそもわからないから、最初に芸術ありきの「センス」論がはびこるのだ。
アートやっている人間の宗教みたいなもの。神聖不可侵な領域。いいかげん、アートという宗教から抜け出した方がいいと思う。……まあ、もちろん、人間には信じるものが必要だと言うのは分かるのだが。現状のアートは宗教と同じ要素を持っているということに、きちんと気付いた上で作品を作っているのだろうか?
人間性の限界に挑戦するという意味において、
アートはテクノロジーに、明らかに負けている。テクノロジーは急速に発達し、人間の限界に挑戦し続けている。その一方で、アートは未だに数十年前の概念から抜け出ていなかったり、ただの自己満足で終わってしまったりしているものの方が多い(もちろん、驚嘆すべきものも存在するが)。
しかし私にとって目立つのは、アートの馬鹿さ加減ばかりだ。
テクノロジー(科学)は、常に客観性にさらされ、自己満足で終わってしまうことの危険性を回避している。しかし未だにアートは、自己満足で終わってしまうことの危険性を残したまま、「センス」という神聖不可侵な領域を頑なに守ろうとしている。そんな状況の中で、自己満足で終わらない作品を作り続けられる人間は本当に少ないように思うのだ。