久しぶりにだめぇぇぇな一日を過ごしてみた。…たまには必要だな。
緊張感の続いた講習会が、昨日でやっと一段落ついた。まあ、今日くらいはいいだろう、ということで。
新しいビジョンが浮かぶ。しかしそれは、全く新しいというわけでもない。常に自分を見つめ、自分を考えてきたからこそ、新しい発想は、今までの自分を裏切らない。
今まで寝かせてきたもの。そいつが熟成するのを待つだけだ。
…後はブレンダーの腕次第で、優れたスピリッツを生み出せばよい。ただ、それだけのこと。
2006年07月31日
2006年07月30日
揺れる感覚
偶然が呼ぶ。あるいは、偶然を呼ぶ。
理論や理性よりも、感覚を優先するようになった。今は。
そういう世界に入って、もう随分経つ。しかし、最後の最後で働きかけるのは理性。
傍観者。自分からは進もうとしない、それは本当の愚か者。
馬鹿になることの価値を、頭でしか理解しないのは、たぶん本当の、愚か者。
知は力なり。そして、無知も力なり。答の出し方は、幾つもある。
流れに身を任せるのではない。流れを乗りこなせばよいのである。
例えばそれが、小賢しい頭では想像も及ばないような、大きく圧倒的な流れだったとしても。
理論や理性よりも、感覚を優先するようになった。今は。
そういう世界に入って、もう随分経つ。しかし、最後の最後で働きかけるのは理性。
傍観者。自分からは進もうとしない、それは本当の愚か者。
馬鹿になることの価値を、頭でしか理解しないのは、たぶん本当の、愚か者。
知は力なり。そして、無知も力なり。答の出し方は、幾つもある。
流れに身を任せるのではない。流れを乗りこなせばよいのである。
例えばそれが、小賢しい頭では想像も及ばないような、大きく圧倒的な流れだったとしても。
2006年07月29日
2006年07月28日
ラジオから流れた「ふたり」
私の「音楽」はいつも、FMラジオからはじまった。
中学生時代。ラジオから流れてくる曲が、私の全てだった。私は空のテープを入れたラジカセを前に、良さそうな曲がかかるのを、録音のために常に人差し指を伸ばしたままで、ずっと待ち構えていた。
MCが終わり、イントロが始まる。好きそうな曲だと直感し、人差し指に力を入れる。
そして録音が始まる。私は小さな箱に、自分の感性を詰め込んでいく。自分の好きな、曲ばかり。曲名もわからないし、たいてい、最初と最後は削れてしまっている。
しかし、私は録音を続け、いっぱいになったテープを何回も聴き直した。
名前を知らない世界。それでも、小さな箱から流れてくる空気のふるえに、私は自身の胸を震わせ、時にはそのフレーズに、時にはその歌詞に、いつだって聴き惚れていたんだ。
最近、やけに、あの頃に聴いていた曲が、頭の中に蘇ってくる。それは断片的なものだが、私の中で今までずっと、生き続けていたように思えるのだ。
「…ふたり なら 何を しても 人生に なる」
誰が歌っているのかもわからないし、曲名もわからない。ただ淡々と、しかしはっきりと私の心は、いつの間にかあの曲で満たされていたんだ。
私は今、人生、を、送れているのだろうか。どこにいても、何をしても、人生になるような、そんな。
ふたりなら何をしても人生になる、それならば、ふたりでいない時には、どうすれば、人生になるのだろう。
「…古いアンティークショップ ベネチアングラス…」
そういえば、そんなフレーズもあったなと、私はつい、脳裏によぎるメロディーを確かめるために、時代の染み付いた「茶色」を、ひとり探し求めてしまう。
中学生時代。ラジオから流れてくる曲が、私の全てだった。私は空のテープを入れたラジカセを前に、良さそうな曲がかかるのを、録音のために常に人差し指を伸ばしたままで、ずっと待ち構えていた。
MCが終わり、イントロが始まる。好きそうな曲だと直感し、人差し指に力を入れる。
そして録音が始まる。私は小さな箱に、自分の感性を詰め込んでいく。自分の好きな、曲ばかり。曲名もわからないし、たいてい、最初と最後は削れてしまっている。
しかし、私は録音を続け、いっぱいになったテープを何回も聴き直した。
名前を知らない世界。それでも、小さな箱から流れてくる空気のふるえに、私は自身の胸を震わせ、時にはそのフレーズに、時にはその歌詞に、いつだって聴き惚れていたんだ。
最近、やけに、あの頃に聴いていた曲が、頭の中に蘇ってくる。それは断片的なものだが、私の中で今までずっと、生き続けていたように思えるのだ。
「…ふたり なら 何を しても 人生に なる」
誰が歌っているのかもわからないし、曲名もわからない。ただ淡々と、しかしはっきりと私の心は、いつの間にかあの曲で満たされていたんだ。
私は今、人生、を、送れているのだろうか。どこにいても、何をしても、人生になるような、そんな。
ふたりなら何をしても人生になる、それならば、ふたりでいない時には、どうすれば、人生になるのだろう。
「…古いアンティークショップ ベネチアングラス…」
そういえば、そんなフレーズもあったなと、私はつい、脳裏によぎるメロディーを確かめるために、時代の染み付いた「茶色」を、ひとり探し求めてしまう。
2006年07月27日
2006年07月26日
2006年07月25日
文字デザイン B-スクエア リニューアル
2006年07月24日
文字デザイン W-スクエア リニューアル
Smoke Stings Studio

文字デザインのW-スクエアを全更新しました。今まで掲載していたのは、3年前にやったデザイン。かなり適当なものだったので、作り直しました。
…夏期講習会なんかが始まるので仕事が忙しくなるせいか、Ace Art Academy の方のコンテンツをいじる気がしません…。Smoke Stings Studio の方に目を向けて、自分自身を顧みていたい感じ。

文字デザインのW-スクエアを全更新しました。今まで掲載していたのは、3年前にやったデザイン。かなり適当なものだったので、作り直しました。
…夏期講習会なんかが始まるので仕事が忙しくなるせいか、Ace Art Academy の方のコンテンツをいじる気がしません…。Smoke Stings Studio の方に目を向けて、自分自身を顧みていたい感じ。
タグ:デザイン
2006年07月23日
時には、昔の話を
久しぶりに、歌詞の和訳をしてみた。
今までは Smoke Stings Studio で公開するためにやっていたのだが、最近は公開非公開にこだわらないでやるようになった。
思えば、歌詞の和訳はずっと私がやり続けていたことだし、これからも間違いなくやり続けるであろうことだ。
Smoke Stings Studio を始めるとき、私は、全てのコンテンツを、無料素材などは使用せずに、自分自身で作成することに決めた。
だから Smoke Stings Studio 内にカテゴリ分けされているように、アイコンなどのデザインも自分でするようになったのである。
仕事場で使用する英語や国語テキストの表紙デザインも含め、私にとってデザインの作業は、常に「必要性」に基づいている。
裏を返せば、「必要性」がなければやらない、というわけだ。
しかし、歌詞の和訳は違うのだ。
私は大学の頃、バンド活動をしていた。パートはボーカルだった。私は生まれて初めて熱中できることを見つけ、毎日スタジオでボーカルのトレーニングをしていた。
そこで私は「表現すること」を覚え、その世界にのめり込んでいたのである。
…しかし私は、大学卒業と共に、好きだった音楽活動の全てをキッパリと止めることになった。
私の身体と精神は、疲れ切っていたのだ。
私は、物心ついた頃からずっと、重度の喘息持ちである(今も、続いている)。
大学時代のあの頃、私は、歌う度に息苦しさを覚えていた。どうにも我慢ができなくなると私は、他のみんなに隠れて、発作止めの小型吸入器を使った。そしてまた、歌った。その、繰り返しだった。
…それがどれほどの惨めな行為か、理解してもらえるだろうか?
それでも、本当に好きだったんだ。歌が。だから4年も、続けられた。
でも、大学卒業の時、もう十分だと、そう思った。
…私は、歌うのを止めた。
でも、我慢のできない何かがあった。だから私は、自分の中にある衝動を全て、文章表現に費やすことに決め、小説を書き始めたのである。
その頃に書いた作品はほとんど全て、 Smoke Stings Studio の文芸カテゴリで公開している。そこには、あの頃の私の音楽性が全て、つぎ込まれている。
歌えない衝動の全てを、私は、文章に託したのである。
だから、私にとって、言葉は音楽である。いたたまれない空気のふるえが、文字で視覚化された、れっきとした音楽なのである。
「言葉は音楽、言葉はリズム」
それが私の、おそらくは一生涯をかけて追及するテーマとなった。
大学卒業も遠くなった頃、私はやっと、歌詞という、散文よりもさらに音楽に直結した言葉の表現に、関わってみる気になったのである。
それが、私にとっての、「歌詞」なのだ。
私はもう、人前で歌うことはあまりしないだろう。でもそれは、私が他の誰よりも、「言葉で歌う」からなのである。
歌詞を和訳していると、歌っていたあの頃の気持ちが蘇ってくる。懐かしさと共に、私の身体の中に、流れてくる。
しかも、今はもう、苦しくはないし、惨めさもない。最近になってやっと、私は心を痛めずに、音楽を聴けるようになった気がする。
今までは Smoke Stings Studio で公開するためにやっていたのだが、最近は公開非公開にこだわらないでやるようになった。
思えば、歌詞の和訳はずっと私がやり続けていたことだし、これからも間違いなくやり続けるであろうことだ。
Smoke Stings Studio を始めるとき、私は、全てのコンテンツを、無料素材などは使用せずに、自分自身で作成することに決めた。
だから Smoke Stings Studio 内にカテゴリ分けされているように、アイコンなどのデザインも自分でするようになったのである。
仕事場で使用する英語や国語テキストの表紙デザインも含め、私にとってデザインの作業は、常に「必要性」に基づいている。
裏を返せば、「必要性」がなければやらない、というわけだ。
しかし、歌詞の和訳は違うのだ。
私は大学の頃、バンド活動をしていた。パートはボーカルだった。私は生まれて初めて熱中できることを見つけ、毎日スタジオでボーカルのトレーニングをしていた。
そこで私は「表現すること」を覚え、その世界にのめり込んでいたのである。
…しかし私は、大学卒業と共に、好きだった音楽活動の全てをキッパリと止めることになった。
私の身体と精神は、疲れ切っていたのだ。
私は、物心ついた頃からずっと、重度の喘息持ちである(今も、続いている)。
大学時代のあの頃、私は、歌う度に息苦しさを覚えていた。どうにも我慢ができなくなると私は、他のみんなに隠れて、発作止めの小型吸入器を使った。そしてまた、歌った。その、繰り返しだった。
…それがどれほどの惨めな行為か、理解してもらえるだろうか?
それでも、本当に好きだったんだ。歌が。だから4年も、続けられた。
でも、大学卒業の時、もう十分だと、そう思った。
…私は、歌うのを止めた。
でも、我慢のできない何かがあった。だから私は、自分の中にある衝動を全て、文章表現に費やすことに決め、小説を書き始めたのである。
その頃に書いた作品はほとんど全て、 Smoke Stings Studio の文芸カテゴリで公開している。そこには、あの頃の私の音楽性が全て、つぎ込まれている。
歌えない衝動の全てを、私は、文章に託したのである。
だから、私にとって、言葉は音楽である。いたたまれない空気のふるえが、文字で視覚化された、れっきとした音楽なのである。
「言葉は音楽、言葉はリズム」
それが私の、おそらくは一生涯をかけて追及するテーマとなった。
大学卒業も遠くなった頃、私はやっと、歌詞という、散文よりもさらに音楽に直結した言葉の表現に、関わってみる気になったのである。
それが、私にとっての、「歌詞」なのだ。
私はもう、人前で歌うことはあまりしないだろう。でもそれは、私が他の誰よりも、「言葉で歌う」からなのである。
歌詞を和訳していると、歌っていたあの頃の気持ちが蘇ってくる。懐かしさと共に、私の身体の中に、流れてくる。
しかも、今はもう、苦しくはないし、惨めさもない。最近になってやっと、私は心を痛めずに、音楽を聴けるようになった気がする。
2006年07月22日
一瞬だけ降りてきた
急に、凪がやってきた。
夜になりかけの街。黒く澱んだ空の下で、真っ直ぐなネオンの光が、突き刺すように人を見下ろす。
夢を乗せて、歌が聞こえてくる。地を這うように、自分の心を満たすように。しかし、まだこの程度では、夢には辿りつけない。「天」には…。
現実は生々しく、温かさと、冷たさと、その両方が混じり合い、二度と再現のできないものを幾つも作り出す。
「天」は清浄だが冷たく、人間には適さない。「天」を飛ぶ鳥の脚は脆弱で、温かいが生々し過ぎる地面には、長くは触れて、いられない。
鳥は鳥なりに、人間は人間なりに。その人間の中でも、一人として、同じ人はいない。
凪。一瞬だけ、降りてきた「天」。
夜になりかけの街。黒く澱んだ空の下で、真っ直ぐなネオンの光が、突き刺すように人を見下ろす。
夢を乗せて、歌が聞こえてくる。地を這うように、自分の心を満たすように。しかし、まだこの程度では、夢には辿りつけない。「天」には…。
現実は生々しく、温かさと、冷たさと、その両方が混じり合い、二度と再現のできないものを幾つも作り出す。
「天」は清浄だが冷たく、人間には適さない。「天」を飛ぶ鳥の脚は脆弱で、温かいが生々し過ぎる地面には、長くは触れて、いられない。
鳥は鳥なりに、人間は人間なりに。その人間の中でも、一人として、同じ人はいない。
凪。一瞬だけ、降りてきた「天」。
2006年07月21日
魂の目
自分の個性、というか、特性を目の当たりにした。
…薄く、混ぜものがあると、酔ってしまうんだよ。
例え自分を傷つけながらも、渦巻いた時間と熟成を、敢えて飲み下すんだ。
笹沢左保。Mal Waldron。「魂の目」。わかりきって、いたことじゃないか。
…薄く、混ぜものがあると、酔ってしまうんだよ。
例え自分を傷つけながらも、渦巻いた時間と熟成を、敢えて飲み下すんだ。
笹沢左保。Mal Waldron。「魂の目」。わかりきって、いたことじゃないか。
2006年07月19日
背中の向こう
仕事が忙しくて、自分のサイト管理が滞っている。まあ、毎年この時期は講習会なので、いつものことなのだが。
生活リズムを維持するため、最近は夜にコンピューターの電源を入れるのを止めている。そんな事情もある。
ただ、例え止まったように見えても、自分の中では動いているものがある。それはここ数年間変わらないベクトルをなし、ある一定の方向に動いている。
ジレンマ。
その方向が見えている人は、ほぼ皆無に近い(全くいないわけではないようだ)。目指しているものの性質上、知られないことはメリットなのだが、誰かと志を共有したいという欲求から、常に抜け出せないでいることも確かなのだ。
電車に乗る。ガラスを背にして立つ。背後には誰もいないように見えるが、実際には自分が今見えているものよりも、遙かに多くの景色が流れて行く。
ただそれが、見えていないだけ。
生活リズムを維持するため、最近は夜にコンピューターの電源を入れるのを止めている。そんな事情もある。
ただ、例え止まったように見えても、自分の中では動いているものがある。それはここ数年間変わらないベクトルをなし、ある一定の方向に動いている。
ジレンマ。
その方向が見えている人は、ほぼ皆無に近い(全くいないわけではないようだ)。目指しているものの性質上、知られないことはメリットなのだが、誰かと志を共有したいという欲求から、常に抜け出せないでいることも確かなのだ。
電車に乗る。ガラスを背にして立つ。背後には誰もいないように見えるが、実際には自分が今見えているものよりも、遙かに多くの景色が流れて行く。
ただそれが、見えていないだけ。
2006年07月16日
2006年07月15日
距離0cm
iPod が壊れてから、もうずいぶん経つ。歩いている時に音楽を聴かないようになったことにも、ずいぶん慣れてしまった。
しかしその代わり、私の体の中で、音楽が流れるように、なったんだ。
鼓膜などという、ちっちゃな器官だけを通じてだけではない。今、私の体全体で、リズムとメロディーとグルーヴが、渦巻いている。
それは不完全なものではあるが、私に焦燥感を呼び起こさせ、音楽空間への回帰へと私を駆り立てる。
音楽的に生きる。私は常に、0cmの距離感で、空気のふるえを、感じることができる。
しかしその代わり、私の体の中で、音楽が流れるように、なったんだ。
鼓膜などという、ちっちゃな器官だけを通じてだけではない。今、私の体全体で、リズムとメロディーとグルーヴが、渦巻いている。
それは不完全なものではあるが、私に焦燥感を呼び起こさせ、音楽空間への回帰へと私を駆り立てる。
音楽的に生きる。私は常に、0cmの距離感で、空気のふるえを、感じることができる。
あんなに嬉しかったのは
強い雨と雷が急にやってきた。
空は真っ暗になり、雷鳴は猛々しく、叩きつけるような雨。
気圧の変化に敏感な私は、胸が苦しくなってきたのだけれど。
それでも、何故か嬉しかった。息苦しさの真中で、奇妙な温かさがあったんだ。
誰しも、大きな流れの中にいる。自然は時に猛々しく怒り狂うが、激しければ激しいほど、そのあとには、強くはっきりした日差しの、透き通った空がやってくる。
そんな予感があったからなのかもしれない。あんなに嬉しかったのは。
空は真っ暗になり、雷鳴は猛々しく、叩きつけるような雨。
気圧の変化に敏感な私は、胸が苦しくなってきたのだけれど。
それでも、何故か嬉しかった。息苦しさの真中で、奇妙な温かさがあったんだ。
誰しも、大きな流れの中にいる。自然は時に猛々しく怒り狂うが、激しければ激しいほど、そのあとには、強くはっきりした日差しの、透き通った空がやってくる。
そんな予感があったからなのかもしれない。あんなに嬉しかったのは。
2006年07月13日
いつまで続くのかな。
企業が生き物だということをしっかりと理解できる人間、まわりにいないみたい。
私に言わせれば周りがズレているのだけれど、周りから言わせれば私がズレているのだそうで。
…いつまで続くのかな、こういうの。
業、なのかな。もっと楽に生きれそうな道、ずいぶん前に捨てちゃったからな。
…いつまで続くのかな。
単なるないものねだり、だと思って、また前に進んで行くしかないよな。
いつまで続くのかな…。
私に言わせれば周りがズレているのだけれど、周りから言わせれば私がズレているのだそうで。
…いつまで続くのかな、こういうの。
業、なのかな。もっと楽に生きれそうな道、ずいぶん前に捨てちゃったからな。
…いつまで続くのかな。
単なるないものねだり、だと思って、また前に進んで行くしかないよな。
いつまで続くのかな…。



