4年程前、フェリーで上海に旅行した時、上海雑技団を鑑賞した。
人体の限界に挑戦し、驚異的な演技を見せる、演者達。首を異常なまでに鍛え、頭の上に女性を乗せて様々に演技させる男性。鉄格子の球体のなかで縦横無尽にバイクを走らせる女性ライダー。垂直に立てた棒の先で、信じられないほどの身体の柔らかさで雑技団版の「白鳥の湖」を演じる女性。
彼らの演技を観て、私はただ…羨ましくなったのである。
それは、彼らの特異な能力に対する羨望ではない。私が羨ましく思ったのは、彼ら全員が共有している、パートナーに対する信頼感なのだ。
彼ら全員が、おそらくは人間性を否定されかねないような、非情な訓練を幼少の頃から受けてきていることは間違いない。また、彼らの身体−−つまり、異常に柔らかい身体、異常に強化された身体の一部は−−まさに、「異常」なものなのである。
そのことを理解していながら…私は、彼らのあまりの信頼感の強さに、羨望のあまり涙を流してしまったのである。
一瞬でもパートナーがバランスを崩せば、恐らくパートナーを巻き込んで、下手をすれば、舞台にいる全員が死に至るだろう。
それでも彼らは毎日のように、彼らの非情な人生経験を媒介として、死と隣り合せの信頼感を、舞台の上で演じ続けるのである。
…私の生きている世界、つまり日本では、死と隣り合わせ、などというものは、基本的に非日常の世界である。中国と日本。文化や国民性の違いもある。そんなことは全て理解した上で…
…今日、Billy Joel の ゙honesty゙ がふと頭の中に浮かんできた時、私は、歌詞を正解に思い出せない苛立ちと共に、上海雑技団の団員全員が共有しているはずの、非日常的で異常なまでの信頼感を、あの頃の気持ちのまま、また思い出してしまった。
posted by 成瀬隆範 at 23:09|
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