最近、私のミクシイのページの足跡に明らかなアダルトサイトへの誘導アクセスや援助交際(売春)や合コン誘導の目的としか思えないようなアクセスが増えてきました。
私は最初から、ある特定の人とメッセージのやり取りをすることと、仕事場で教えた教え子たちの消息をつかんでおくという目的のためにのみ、ミクシイをやっているような状態です。
私のような参加コミュニティが1つしかなく、コメントを残しまくって形骸的な「お友達関係」を演出するようなことをほとんどやらない、mixiを非活発にしか活用していない人間のところにまで宣伝目的のアクセスがあるくらいですから、もうmixiのダメさ加減も、ここに極まったということなのでしょう。
以前「
着うたとミクシイ」という記事で書いた通り、mixiの存在意義はユーザー数の増大とともに失われる運命にあったわけです。ものの見事に、8ヶ月前の予想が的中しました。
以前、mixi内にいる元生徒が沖縄に旅行に行ったときの日記に、「学校からもミクシイからも解放されて、リラックスしてます」というようなことを書いていたのですが、それがmixiが持っている「社交の束縛性の極端化」を象徴しているのではないですか?
結婚式や披露宴に招待する人間を選ぶ時、かなり人選に悩むという話は、よく聞く話です。誰を招待するかしないかで、相手とどのような友人関係を保とうとしているかが全て見えてしまうわけですから。mixiは、マイミク/コメント/紹介文/足跡というあらゆるシステムが、そういった人間関係において生じる極端な悩みを日常的に継続してゆかなければ、社交関係が維持できないような場所になってしまっているというわけです。私は、よほど興味のある記事を書いている場合でなければ、たいして相手のところにアクセスしたりはしません。それが当たり前だと思っています。
ウェブサイト(ブログやミクシイはコミュニティであってウェブサイトではありません)を一つ運営すればわかりますよ。いかに人の興味を引くページを作ることが大変なことであるか、アクセスを継続させることにどれだけの努力を要するかか。人を惹き付けておきたければ、魅力のあるコンテンツを用意しなければダメなのです。魅力のないコンテンツ(個人ページ)に無理矢理アクセス数/紹介文/コミュニティという価値を付加しようという側面が、現在のmixiで目立つようになってしまっているのは非常に残念なことだといえるでしょう(
こちらのマンガを見てください。うまく風刺されています)。
現在のインターネット世界はアクセスバブルの時代に陥っています。SNSはその反動として立ち上げられたものなのに、見事にアクセスバブルの泡の中に埋もれてしまいました。
まあ、歴史をみれば、人間が同じ愚かな所行を繰り返しているだけの存在だということは、一目瞭然なのですが。
私は、個人的にはmixiというシステムには非常にお世話になっていると思っています。この数ヶ月間というもの、mixiを通じて関係を深め意思疎通を深めることのできた人がいます。私はmixiの形骸化を自覚しているとはいえ、その人がmixiを止めない限りはmixiに加入し続けるでしょうし、ここまで意思疎通を深めることの出来るきっかけをくれた場所として、私はmixiに感謝すると思います。
しかし、mixi自体の存在意義を、運営者の方々は考え直す必要があるのは間違いがないでしょうね。