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2005年05月31日

バナーデザイン リニューアル

Smoke Stings Studio

 バナーデザインをリニューアルしました。

 リニューアル作業をしていて、重大なことに気がつきました。バナーのデザインは昨年度 Smoke Stings Studio がサーバ移動&リニューアルをした際に行ったのですが、作業工程に手違いがあり、全て国際規格に合わせて作ったはずが、縦横の「比率だけ」国際規格になってました。例えば本来 88×31 のサイズのはずのものが 184×65 になってたりとか。あはははは、お恥ずかしひ。
posted by 成瀬隆範 at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月29日

Ace Art Academy ロゴマークページ

Smoke Stings Studio

 デザインカテゴリーにAce Art Academy ロゴマークのページを追加しました。

 …やばい、最近全然更新してないや。Ace Art Academy
posted by 成瀬隆範 at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月28日

ロゴデザインページリニューアル

Smoke Stings Studio

 トップページおよびロゴデザインページ1のリニューアルを行いました。
posted by 成瀬隆範 at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

抒情小説 リニューアル

Smoke Stings Studio

 抒情小説インデックスページをリニューアルしました。
posted by 成瀬隆範 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

ここ数ヶ月で一番笑った記事。

 まあ、例のアレなんですが。
posted by 成瀬隆範 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月25日

コインランドリー

 いつまでも馬鹿みたいに、ただ回り続ける色とりどりの、丸窓の中の洗濯物、万華鏡のように、ひとつとして同じ形にならない、ぐるぐると、ぐるぐると、低くうなる機械の音、なぜか黄色く細い太陽の光、澱んでいる空間、止まってしまった時間、この街の生活のように、いつまでも変わらない動き、いつまでも前に進まない、ぐるぐると回る洗濯物、回れば回るほど、きれいになる洗濯物、繰り返せば繰り返すほど、汚れを振り落とす洗濯物、ぐるっと周りを囲む丸窓、小さな四角い部屋、主のいないベンチ、薬の乾いた匂い、古ぼけた空気、疲れたような人のため息、読み捨てられた雑誌、生きていれば、汚れていくのが当たり前、それでも、その汚れを受け入れきれない人間の、ぐるぐると回る生活への疲れ、汚れ、あきらめ、丸窓の中では、きれいになってゆく洗濯物、丸窓のなかでは、汚れが落ちてゆく洗濯物、ぐるぐると、ぐるぐると、丸窓の中に入れない生活は、ぐるぐると、ぐるぐると、汚れを塗り重ね、疲れを積み重ね、丸窓の外では、ぐるぐると、ぐるぐると、いつまでも、きれいにはならない生活の汚れ。
posted by 成瀬隆範 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月24日

表紙デザイン『終着駅』追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『終着駅』追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

人間交差点

 最近、『人間交差点』をひたすら読み返している。大学時代に出会い、強く影響を受けた漫画である。あまりにも影響を受けたために、自分の卒業論文の結論部分の最後は、この漫画のとある話から引用した言葉「蒼き季節の果てにて空白なる紙を前に坐る。綴るには遙に多き量にて、わずかな人生にても我等ゴミにあらず。人でありしことに愕然とする。」で締めくくってしまったくらいだ。ちなみにこの卒業論文、「専門書や学術書を使用せずに卒業論文としての高いレベルを保つ」というコンセプトで書いたものだ。

 参考文献の最後には本来とある社会学者の書いた文献が載せられていたのだが、実のところ、最初の3ページくらいしか読んでいなかったので、ウェブ掲載を行う際に、嬉々として削除した。「嬉々として」削除した理由は、当時の担当教官に「社会学を学んだのに、社会学者の文献を使用していないのはまずいだろう」と言われて仕方なく形式的につけ加えたという経緯があり、それは私にとっては実際どうでもいい文献であったからだということと、まさにその時、形式と体裁を維持しようとする学問の世界の馬鹿馬鹿しさにつくづく呆れ返ったから、というものである。

 さて、『人間交差点』だ。私の持っているのは文庫版。ちょうど漫画文庫の出版ブームの頃に買ったものである。今日はその11巻を読んでいたのだが、改めてそこに収録されていた話の中の言葉に、自分がどれだけ影響を受けていたかをつくづく痛感した。

 それは、「荒地の温もり」という話の最後に出てくる言葉である。話の内容は、経済アナリストとしての成功を勝ち取った男が、ちょっとしたことがきっかけで15年前に犯しずっと隠していた殺人の罪を知る女と出会ってしまい、罪の意識からずっと幸せの空しさを感じ続けていた自分を悟り、自首することを決意するというものである。そして、私が感銘を受けたのは、最後に主人公が言い放つ、次の言葉である。

 「後悔はするだろう。苦しむとも思う。人間だもの、当たり前じゃないか」

 今思えばこの言葉が、基本的にはマイナス思考だった私がそれをプラスに転換できる支えとなってくれたものであることに、間違いはないであろう。

 私は今まで生きてきた様々な時期に、様々なものから深い影響を受けた。Smoke Stings Studio 内のプロフィールにも詳細に記載されているのだが、私は小学校の頃には『ブラックジャック』に強く影響を受けた。私が黒を中心にして服装を整えてしまうのは、明らかにその影響だ。それからこれは指摘されて気付いたのだが、生徒に対して「お前さん」と言ってしまうことがあるのも、この影響かもしれない。

 その他も様々なマンガや書物に影響を受けているのだが、ひとつ言えることは、いわゆる文学作品からは大して影響を受けていないということだ(詳細はSmoke Stings Studio 内のプロフィール参照)。一応、これには理由らしき理由があるのだが…。

 文学作品に学ぶべき素晴らしいことが書かれているのは当たり前だ。文学作品自体に、大きな価値が存在するのだから。しかし、いわゆる学問の世界で評価をあまりされていないようなものから、大きな価値を引き出すことができたとしたら、それは、自分自身の力ではないのか?一見価値の低そうなものに対しては、自分自身で価値を付加してやれば、それは自分の手柄ではないのか?誰もが良いと認めるものだけから安易に影響を受け続けるよりも、多くの人にはあまり認められないようなものに価値を見出し、自分自身を深めてゆくことができれば、それはその人が優れた感性を持っているということに、他ならないのではないだろうか?

 大学時代、教官たちや学生たちの言葉は学術用語と専門用語にあふれ、オリジナリティなどほとんどなかった。学術用語も専門用語も、ナンタラ理論もナンタラ派も、全て他人が作ったものに過ぎないではないか。それをただ並べ替えてまるで自分の言葉であるかのように言い立てる人間ばかり多く、実のところ、私は大学という権威主義を厭い、大学を辞めたくて仕方がなかったのだ。結果的には、大学卒の肩書きをつけることの有用性を理解していたので、なんとか卒業だけはしたのだが(大学を卒業していなければ、今の職場では働けなかっただろう)。

 専門用語を多用し、理論と権威で悦に入っていたどの教官も学生も、「後悔はするだろう。苦しむとも思う。人間だもの、当たり前じゃないか」というたった30文字程度の言葉以上に、私を動かすことはできなかったのだ。いや、実のところ、私は教官や学生の言葉には、少しも動かされたことがなかったのだ。彼らの言葉は過度に権威と形式に彩られ、あまりにも気障で醜悪だった。

 だから私は、本来学問的な論文を書くのには相応しくない参考文献を主に使用して卒業論文を書いたし、自分の担当する英語の授業でも、言語を学ぶのに文法用語などは基本的に不要だと、平気で言い放っている。引用や専門用語の多い日常会話をする人間は基本的に評価しないし、信用もしない。

 私が中学校の頃、単なるファンタジー小説である『ドラゴンランス戦記』の裏に流れる思想に感銘を受けて以来15年、私は以上のような考え方でずっと一貫して生きてきている。知識や論理で自分を取り繕う人間など、すぐにわかってしまうのだ。

 私は、基本的に人をほめない人間だ。その理由は、ほとんどの人間が自分の感性だけで勝負するのではなく、安易に自分以外の力に頼ろうとしているからだ。知識や流行、学問などは、私にとってはその「自分以外の力」に値するのである。私が人をほめるとき、それはそこに難しい理論などなかったとしても、自分でつかみとった何かを相手が繕わずに出してくる時である。

 「後悔はするだろう。苦しむとも思う。人間だもの、当たり前じゃないか」

 はっきり言って、クサい言葉だよ。でも、他人から借りた言葉で自分を飾り立てようとしている奴の吐く胡散臭い理論など足元にも及ばないほどに本質を言い当てた、それでいて短くすっきりした、実に潔い言葉だと思っている。
posted by 成瀬隆範 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

RICOH デジタルカメラ 一覧追加

Smoke Stings Studio

 RICOH GR1 写真集にリコーのデジタルカメラ製品のリストをつけ加えました。

 そろそろデジタル版 ROCH GR1 の発表があるのではないかと勝手に思い込んでいるのですが…。どうなんだろ?
posted by 成瀬隆範 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月21日

表紙デザイン『煙雨の獄』追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『煙雨の獄』を追加しました。

 この作品は、福島県郡山市から西に向かって電車に乗っていたときに見た光景と、私の勤務先の予備校で5月に行われた美術演習で青梅へ行ったときに見た東京都奥多摩の御嶽での光景を重ね合わせて書いてあります。この頃は、本当に悩んでいたなあ、というのがよくわかります。でも、大学時代の方が、ある意味もっとひどかったんですよ。

 あれからもう、7年も経ってしまいました。今の私は、もうこの頃の小説のような苦しみ方はしないし、文章を書く時の表現方法も変わってきています。

 奇しくもまさに本日、私の勤務先予備校ではこの時と同様、美術演習が行われ、私はやはり東京都奥多摩方面へ出かけてきます。今回行くのは御嶽ではないのですが。と、いうわけで、いつも午後から夜にかけての勤務の私が、久しぶりに朝からの活動です。行ってきまーす(カメラ持ってこーっと)。
posted by 成瀬隆範 at 07:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

表紙デザイン『褪せた黄金の街』追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『褪せた黄金の街』を追加しました。

 こちらの作品は、大学卒業して間もない頃に福島県へ旅行したときに書いたものです。3部作になっていて、『褪せた黄金の街』はその第1作目です。こちらの話の舞台は、福島へ出発する前に早朝訪れた新宿ゴールデン街です。と、いうことで、この作品の中で出てくる神社は、新宿の花園神社になります。

 この頃はちょうど音楽を続けるのをあきらめることを決定した時期でもあり、精神的にはかなり参っていました。自分が今まで音楽で表現しようと思っていたことの全てを文章表現につぎ込もうとして、かなり真剣に文章を書いていた覚えがあります。Smoke Stings Studio 内に現在掲載している小説の全ては、このような悩み、苦しんでいた時期に書かれていたものです。特に次回アップ予定の2作目には、その苦しみが顕著に出ています。

 ちなみに、今でも音楽は私の一部です。やはり、完全に捨て去ることはできませんでした。私は現在、いわゆる「音楽活動」はしていませんが、文章を書くとき、生きてゆくとき、授業をやる時、その全てに「音楽」を活かすことができるようになりました。個人的には、先に本ブログに掲載した『エレーン』が、私の中での音楽性が最高に活かされるきっかけになった文章だと思っています。この『エレーン』を書いたとき、あまりにも次々と言葉が浮かんでくるので、私は頭がおかしくなりそうになったほどです。そのあまりの衝動に耐えきれずに、コンビニに駆け込んでペンとメモ帳を買って一心不乱に書き綴りましたよ。そして書き終わったときには、肩で息をして疲れきってしまうほどに、私の中で渦巻いたリズムがそのまま言葉になっていました。帰宅してブログにテキストデータとしてアップするときにも、ほとんど変更を加える必要がないほどに完成された作品を書けたのは、これが初めてかも知れません。この作品を書いて、私はやっと、音楽的な文章の書き方がわかったような気がします。そして自分が今まで関わってきたことの全て、英語歌詞和訳、落語、英語の授業、ジャズ、笹沢左保、Mal Waldron、そういったものの全てが、自分の中で息づいていることを確認することができて、すごくうれしくなりました。

 いわゆる音楽活動なんかしていなくても、誰よりも音楽的に生きていれば、私はそれでいいんです。音楽をやっているくせに、大して音楽的に生きていない、身体の中に音楽が息づいていない人も多いですからね。
posted by 成瀬隆範 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

RICOH GR1 写真一覧表 追加

Smoke Stings Studio

 RICOH GR1 写真ギャラリーに 掲載写真一覧表 を追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 11:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

RICOH GR1 写真ギャラリー リニューアル(サーバ移転)

Smoke Stings Studio

 RICOH GR1 写真ギャラリーをリニューアルしました。ちなみに、旧サーバから新サーバへの移転も伴っています。

 本来、写真に興味がなかった私が写真をはじめたきっかけは、以前このブログで書きました。興味のある方は、こちらのページをご覧下さい。

 RICOH GR1 はデジカメ版の RICOH Caplio GR1-d の発売が噂されていますね。先に RICOH はCaplio GX8(リンク先は「デジカメウォッチ」) の発表を行いましたが、次には RICOH Caplio GR1-d が発表されるのではないかな、とわくわくして待っています。頼むからリコーさん、大多数のデジカメのようなおもちゃ程度の質感や何が何でも銀色しかないようなくだらないデザインにしないでくださいよ。あの RICOH GR1 の無駄のない堅実な感じのデザインを踏襲してほしいです。まあでも、開発者さんも大変ですよね。GR1 じゃ、背負っているものが大きすぎます。
posted by 成瀬隆範 at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

表紙デザイン 『鐘楼』 追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『鐘楼』を追加しました。

 こちらの小説は、以前自転車で走っていたときに偶然見つけた火の見櫓と、その付近で見かけた夕焼けの雲の情景から発想して書いたものです。

 たとえどんな小さなものでも、自分が大切にしたいものがあります。他人から見たらそれがどんなにつまらないものであったとしても、どうしても守ってゆきたい小さなものがあります。しかし、そういう小さくて大切なものを、いつまでも守っていけるわけではありません。

 成長するにつれて、人は感動よりも現実を見るようになってゆきます。社会に出てしまえば、感動することよりも現実を見ることの方が、有利に生きてゆけるのです。全てが金で買えるわけではないが、金で買えるものは実に多い。いや、金で買えるものが圧倒的に多い社会になってしまったのです。だからこそ、現実を直視して利益を追求してゆけば、有利に生活してゆくことができるでしょう。

 その反面、感動することの多い人間は、現実を直視していないことが多いともいえます。現実が見えないからこそ、無邪気になれるし、感動もできるのです。現実は厳しく、冷たい。それが見えていないからこそ、心を揺れ動かし、感動しながら生きてゆける。

 例えば素晴らしい芸術作品と対面し感動している時、そこには自分自身と作品の二者しか存在しなくなります。私は人で群がっている展覧会などは基本的に行かない人間ですが、その理由は、傍若無人な人込みの中では、心行くまで作品と対話できないからです。芸術に群がるスノッブの集団の中では、私は感動を打ち破られ、現実の厭らしさと汚さを突きつけられ、深く傷ついてしまうこともあるのです。

 感動と現実。どちらの道を選んだところで、見えないものは必ず出てきます。教師としての私の視点で見れば、人に成長を促す一番早道の要素は、自分と真逆の要素を直視することです。現実を見ながら生きている人がもっと感動をするようになれば、今まで見えてこなかった部分が必ず見えてきます。感動ばかりしている人間がもっと現実を直視するようになれば、やはりそれまでは見えてこなかった部分が必ず見えるようになるでしょう。真面目に生きている人間は不真面目を体験してみるべきだし、不真面目な人間は真面目を体験してみるべきです。

 しかし、人間としての私の視点から見れば、必ずしも成長したり変わったりすることだけが価値ではないとも言えるのです。「いつまでもかわらないよね、あいつ」という言葉が、素晴らしい響きを持って聞こえることもあるでしょうから。
posted by 成瀬隆範 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(2) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月15日

表紙デザイン『名残蝉』追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『名残蝉』を追加しました。

 この作品は、大学時代にバンドサークルの合宿で行った長野県の夏場のスキー場の光景と、祖父の葬儀の光景とを重ね合わせて書きました。やはり書いたのは、大学時代です。

 どんな小さなことにでも、たったひとつのことをやり遂げるために一生懸命になっている姿は美しいと思います。私が虫たちに興味を持ち、虫を題材にして小説を書いていたのも、自然界という過酷な世界の中でももっとも小さく弱い立場の範疇に入る虫たちが、本能的に、生命を全うするというたったひとつの大事な目的を果たすためだけに、残酷な環境の中を懸命になって生き延びようとしているからです。

 道ばたに落ちている油蝉。まるまると太っているくせに、弱り切っている油蝉。夏の終わり、油蝉の死骸がアスファルトの上に落ちていると、私はとても悲しくなります。いったい虫たちは、人工的で無機的な、冷たいアスファルトの上で生を終えなければならないほどに、罪深い存在なのでしょうか。温かい土の上で、時間をかけて、死んでしまった後には生まれ出てきた土に戻ってゆくのが、虫という生命の正しいあり方なのではないのでしょうか。

 私はアスファルトに落ちている油蝉の死骸に気が付くと、拾い上げて土の上に戻してやることがあります。しかしそれも時として、人間特有のエゴによって阻まれてしまいます。蟻が集っているとき、雨の降って濡れてしまった後、自分の指が汚れることへの不快感を感じるときには、どうしてもアスファルトの油蝉を拾い上げることができません。それが私の、人間としての限界です。

 そんなとき、良寛なら、もしかしたら拾い上げてやれるのかもしれません。それが私が、良寛という人物を、実在する無数の人物の中で唯一無条件に尊敬している理由なのです。私はまだ現代人としての、都会人としてのエゴを拭いきれないから、どれだけ精進をしたとしても、恐らく人間としては、良寛の足元にも及ばないでしょう。

 油蝉のことを考えるといつも、そういった様々な思いが錯綜するのです。
posted by 成瀬隆範 at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月13日

文字デザイン プラスチック カラード リニューアル

Smoke Stings Studio

 文字デザインに文字デザイン プラスチック カラードを追加しました。現在 Ace Art Academy 内コンテンツと本ブログ左下部分で活躍中のアイコンたちです。
posted by 成瀬隆範 at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リズム感

 昨日、久しぶりに CD を買った。

○Chet Baker "Broken Wing"
○Cecil Taylor "Jazz Advance"
○Fujitsu Presents "100 Gold Fingers 2001"
○Public Enemy "Yo! Bum Rush The Show"
○Emilio Santiago "Aquarela Brasileira 2"

 Cecil Taylor は前から聴こうと思ってはいたのだけれど、CD を買うのは初めて。Fujitsu Presents "100 Gold Fingers 2001" は、Mal Waldron とDon Friedman の演奏が入っているから買った。Mal Waldron は確か、この翌年に亡くなった。Chet Baker と Emilio Santiago は完全に趣味。Public Enemy は2曲目の "Sophisticated Lady" が聴きたくて買った。女性には大変失礼な曲だが、ギターを弾いているのは Living Color の Vernon Reid。

 私は、ジャズはソロかデュオ作品を聴くのが好きだったりする。とくに Mal Waldron 作品は総じて好きだ。いわゆる「ジャズ」とは違う印象の人で、音楽性があまり高いとはいえない部分もある。ピアノを弾いているうちによく速度が変わってしまう人だし、ミストーンも多い。しかし、Mal のリズムは Mal にしか出せないのである。そして私は、その Mal のリズムにべた惚れなのだ。メロディーラインなどの楽譜上で表現できる部分は真似することが可能でも、リズム感は絶対に真似できない。ある意味、その人の持つ個性がそのまま出てくる部分。よく観察していれば、しゃべり方や歩き方、立ち振る舞いの仕方などにその人のリズム感は自然と出てくるものだ。

 だから私は、知識でも理論でも地位でも名誉でもなく、リズムで人を見て、リズムで人を判断する傾向にある。

 包み隠さない方言のリズムなどを聴いていると、その柔らかさに惹き付けられてしまうことがある。テレビの影響かなんだかはよくわからないが、最近同じような喋り方をする人間ばかりが耳について、正直不愉快なことが多かったりするのだ。
posted by 成瀬隆範 at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

文字デザイン スクエア アルファベット ホワイト ページリニューアル

Smoke Stings Studio

 文字デザイン スクエア アルファベット ホワイトのページリニューアルを行いました。早いもので、テキストやアイコンのデザインをちょこちょこ行うようになって、もう3年です。相変わらず、本能で Adobe illustrator と Adobe Photoshop 動かしてます。最近は マクロメディアの Flash に手を出そうとしているのですが、Adobe に買収されたらしいので、もうちょっと様子を見てか買おうかと。Smoke Stings Studio の Flash 版、構想だけはあるんです。もっとも、私の構想は数年間単位寝かせてから現実のものとなることが多いので、実際に作るのは数年先になる可能性が高いのですが…。
posted by 成瀬隆範 at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

夕景

 太陽の光が黄金色を斜めに貫く夕刻、ビルの窓からガラス越し、透明の向こう側、薄青い空気が、なぜか薄青い空気が、地面に長く伸びている影と、黄金色の光彩を煌めかせる時折の日向と、音もなく行き交う人々と、それら全てを包み込んで、ガラスの画面の向こうで、それはまるで朝の風景であるかのように、まるで休息から覚めたばかりの、生まれたばかりの新しい光であるかのように、しかしながらけだるそうに、全てを薄く染め上げて、聞こえない音、聞こえない音、聞こえない音、まるで音の出ないフィルム、壊れた映写機のフィルム、繰り返す日常の音、画面の向こうの、遮断された空気の向こうの、現実味のなくなってしまった空気の、画面の中のふるえない空気、冷たいガラスに手を当てて、まるでそれが暁のようだと、消えゆくのではなく、まるでそれは新しい始まりのようだと、ただじっと立ち止まり、時の経過も忘れてずっと、魅入られたように、動けない、動けない、動けない私、そうしてずっと、見ているだけになった私。
 
posted by 成瀬隆範 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月10日

表紙デザイン 『窓雪』追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『窓雪』を追加しました。

 こちらの作品は、自分自身が小学校2年生のときに体験したことを題材にして書きました。東京では珍しい、信じられないほどの大雪の中、郵便局まで社会科見学へ行ったときのことです。
posted by 成瀬隆範 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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