Smoke Stings Studio > 文芸作品 > Smoke Stings Studio Blog

2005年04月29日

これで、よかったのよね

 窓の外、日だまりの中、浮かんでは消えてゆく情景、いつまでも飛んでいる蝶、揺れ止まらない雑草、真っ白に輝く土は乾ききり、濡れた思い出は遠く、今は真四角な部屋の中、草の香りの薄れた畳、本の色褪せた背表紙、音楽を形作るのは水、蛇口からただぽたりぽたり、時計のように正確に、洗い忘れた食器の山、乾いてはこびりつく残滓、いつまでもしつこくしつこく、こすってもこすっても、磨いても、削っても、いつまでも、薄れてはゆかない気持ち、泣きたくても泣けない生活、拭っても消えない過去、ただ重ねてゆくだけの日常、もういまさら綺麗にはなれない、時代は遡れない、どうしても取り戻せない、ただ打ち捨ててきただけの、未練などなかったはずの、あなたの面影を前に、今更よくはわからない、頭を下げる人たちの、哀れにも刻まれたしわ、瞳を潤す涙、震えている口元、唐突に思い出すあなたとの約束、とうの昔に変わった生活、そんな時代もあったよね、ただそれだけしか浮かばない、忘れさせるのは時の流れか、華やかな街の夜か、あんな時代のことなんか、あれはただの幻で、正しくても、間違っていても、そんなことはかまわない、ただ離れられなかった、一緒にいることしかできなかった、それしか思いつかなかった、蒼い時代のことなんか、ふとした思いやりの言葉なんか、あの日の約束なんか、信じてはいませんでした。

 信じてなんか、いませんでした。



 (中島みゆき "蒼い時代" 『パラダイス カフェ』 1996年)
posted by 成瀬隆範 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月28日

偶然と必然の顛末

 先日思わせぶりに書いてしまった偶然と必然の顛末について、今日は書こうと思います。

 私の従姉妹が、国語講師として私の職場で働くことになりました。

 全くの偶然により彼女は私の仕事場に履歴書を送り、学科主任という立場の私は、すぐにそれを知ることになりました。実のところ、彼女とは10年近く接していなかったのです。こちらが勧誘したわけでもなく、彼女も私がそこで働いていることを意識していたわけでもなく、なぜ彼女は偶然にも、私の職場を非常勤講師のアルバイト先として選んだのでしょうか?

 お互い全く意図しないまま、私と従姉妹はひとつの空間で再会をすることになりました。

 学科主任として、私は彼女の面接を行わなければなりません。なんせ、10年ぶりの再会です。お互いを外見だけで認識するのはやはり難しかったといえるでしょう。私の方から名刺を渡すことがなかったら、あるいは、彼女の履歴書が私に渡されなかったら、私たちはお互いに何も知らないまま面接を行うことになったかもしれません。

 驚くべきは、その後でした。10年ぶりに様々に話をしてみて、お互いがいかに似通っている部分が多いかがわかったのです。通っている(いた)大学が同じであること、に表現媒体のメインが文章(言葉)であること、卒業論文のテーマに同じく宗教(世界観)を選んでいるということ、興味対象が様々な「世界観」であるということ、巧緻な論理を構築する言葉よりも、感じ、発する表現としての言葉に興味があること、驚いたことに、使っている携帯電話の機種と色まで同じでした。

 実に、驚くべきことです。

 私は、偶然と必然を同一のものだと考えています。偶然を呼び込むためには、必然を張り巡らせてやればよいと考えています。例えば私にとっては、Smoke Stings StudioAce Art Academy 、このブログ、職場のウェブサイト作成などインターネットを通じての活動を行っていますが、これはまさに、私の中では「必然を張り巡らせる行為」なのです。同様に、現在の職場で生徒たちを教え続けることも、私にとっては必然を張り巡らせる行為のひとつです。そうやって張り巡らせた必然が、いつかどこかで偶然を呼び込んでくると、私は信じているのです。
 以前にも似たようなことを書きました。表現活動を行っていれば、人は「形を持たない存在」として、世界中を、時代をも、旅することが可能になるのです。表現活動を行わなければ、自分の中の世界観を自分の中で巡らせるままにしているだけでは、「形を持たない存在」は、いつまでも解放されることはないでしょう。

 「形を持たない存在」を解放してやること。私にとってはこれが「必然を張り巡らせてやること」であり、それが「偶然」というものを呼び込むだけだと、私は考えています。否、「偶然」などという言葉はきっと、こちらがその必然を認識できないものに対して付与された、謎を解くための努力を放棄するための都合の良い言葉なのです。まるでそれは、「運命」という言葉と同じなのです。努力と考えることを放棄する、無責任な言葉でもあるのです。私は現在まで様々な形で「形を持たないもの」を仕事を通じて、インターネットを通じて張り巡らせてきました。ですから、たまたま今回のような出来事がなかったとしても、仮にそれが従姉妹ではなかったとしても、いつか私に似ている人が私の目の前に現れ、私は同じような文章をここに書いたでしょう。今回はそこに、血のつながりという、決して変えることのできない強いつながりが要素として含まれていただけなのです。

 今の私には、同じような偶然によって知り合った人がもう一人います。その人は現状ではただインターネットを通じてのみの関係ですが、やはり信じられないほどに似通った部分が多く、メッセージのやり取りに笑ったり、考えたり、時には悩んだり、でもそれが私にとっては、とても心地よかったりします。でも、もし私がインターネットを通じての活動を行い、自分の世界観を外に解放することがなかったら、たぶんその人と出会うことはなかったと思います。もしかしたら、すれ違うことはあったとしても。

 Smoke Stings Studio をインターネット上に公開した時から、私は偶然を呼び込むための必然を張り巡らせてきたのです。おそらく、これから先もそうやって、形のない存在、ただのデータの集合体である Smoke Stings Studio は、いくつかの偶然を呼び込むことになるのでしょう。偶然と必然は同一のものの表裏であるということをずっと信じ続けてきた私の考え方は、これまでに2回証明されたことになります。もちろん、それは私の直感的なもので、理論的に、科学的に証明されうるものではありません。ちなみに、科学などというものは、ただ単に人間に都合の良いように組み立てられたひとつの世界観に過ぎません。私は理論や科学で証明されることをステータスとは考えません。欲望のように際限なく拡大して人間に利便を与えつつも、人類の息の根を止めかねないような愚かな世界観で証明をされることなど、私にとっては何の価値もありません。私はただ科学を利用するのみです。科学のように傲慢で自分勝手な世界観を、私は決して信じることはありません。

 そして私は、その愚かな世界観の産物であるコンピューターを通じて、形のないものの解放を行っている、危うく脆い人間です。元々人間なんて、生き物なんて、儚く脆い存在です。たった数cm の金属片が身体を通り抜けただけで、その生命など消え去ってしまうものです。今日があり、そして明日も生き続けていることの方が、私にとっては驚異だったりするのです。
posted by 成瀬隆範 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 考える。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月27日

表紙デザイン 『黄色いカーテン』追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『黄色いカーテン』を追加しました。

 小説版の『黄色いカーテン』は、私と妹の幼少の頃を捉えた写真を下にして書いた小説です。ちなみに、その写真は本当は「黄色いカーテン」ではなく「桜色のカーテン」とでもいうべき情景をとらえたものでした。その情景を、武蔵野美術大学そばの玉川上水の秋の情景に重ね合わせて創作を行ったものです。

 これを書いたのも、10年くらい前、まだ私が大学生の頃です。その当時、高校時代の友人たちと同人紙めいたものをやっていて、毎月1回小説を投稿していました。そのときに書いた作品です。同人誌自体はたいしたものではなく、編集者の気まぐれからすぐに廃刊になってしまいましたが、大学時代に主に音楽にのめり込んでいた私を文章表現につなぎ止めておく重要な役割を果たしていました。
posted by 成瀬隆範 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

表紙デザイン『蜉蝣時録』 追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインに『蜉蝣時録』を追加しました。予告以来5ヶ月ぶりの更新。実はけっこういい加減で気まぐれににサイト運営をやっていることが、こんなところからわかってしまったりする。

 この『蜉蝣時録』なる作品は、私の書いた文章の中でも、抜群に気に入っている作品です。この作品ほど、自分の本質的な部分を理想的な形で出せた作品は、未だにありません。私はあまり夏という季節が好きではなかったのですが、この作品を書いてから、夏の素晴らしさもわかるようになってきました。ちなみに、これはあくまでも日記風の小説です。作品の中では勝手に結婚しちゃってますが。これを書いたとき、確かまだ大学2年生くらいでした。

 …今気付きました。そう考えると、これって10年前に書いた作品なのか…。
posted by 成瀬隆範 at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月25日

偶然

 ひとつひとつの偶然はとても小さなものだけど、もしかしたらそれが、必然なのではないかと思うほどに、衝撃的なことがある。

 わけのわからないものだからこそ、それを信じてしまう気になる。知識や理論や情報ではなく、直感を信じるようになった今だからこそ、偶然と必然の境目がわからなくなってくる。びっくりするような偶然など、そうそう何回もあるわけではないと、そう思っていたのだけれど、今日の偶然はあまりにも信じ難く、強烈で、しかもとても重い。

 自分では決して変えられないものがある。それは人間として生まれたことだったり、男として、女として生まれたことだったり、自分が親の子供であるという事実だったりする。しかし、それは必然なのか、偶然なのか。何が血を引きつけるのか。引き合わせてしまうのか。

 結果は明日、動き出す。相手方が私を見て何を認識するかーーただの英語講師なのか、それとも、血のつながりなのか。10年という歳月は、私のような年齢の者にとってはあまりにも長い。

 わけがわからない。本当にわけがわからない。
posted by 成瀬隆範 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 考える。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リンク集に [df] を追加

Smoke Stings Studio

 リンク種に1つサイトをつけ加えました。もっとも、正確には Ace Art Academy のリンク集へ移動したターコイズシェッドと [df] を差し替えたかたちです。

 今回つけ加えた [df] は、数年前に予備校で教えていた教え子のサイトです。この春就職をしたので、もう教えていたのは6年も前になります。

 なんか最近元生徒とのネット上での接触が続々と増えています。私自身が数年前とやっていることがかなり変わってきている(本質は変わりませんが)ので、あいつらはきっともっと変わっていることだろうな。

 さて、そろそろ仕事に行かねば…。
posted by 成瀬隆範 at 10:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

カーゴパンツしかはかない

 やっと休息の日。でもまた明日から6日連続勤務。しかも授業はじまるから体力をめっちゃ使う。
 午前中に通販で頼んどいたカーゴパンツ×2+αがやってきた。

 ここ数年、カーゴパンツしかはかない。美大受験予備校なんてのはぴっちりしたスーツを着る方がばかばかしくなるような業界なので、仕事の時もカーゴパンツ。プライベートもカーゴパンツ。っていうか、プライベートが仕事。仕事とプライベートを分ける人の気が知れなかったりする。だってどっちも自分の人生じゃん。まあ、こんな考え方は、特殊な業界にいるからこそ言えることなのだけれども。私にとって予備校講師は他人の将来を作ってゆく制作活動、ホームページ作りや文章を書くのは自分の内面を組み立て直してゆく制作活動、食事と運動をするのは身体を作ってゆく制作活動、色んな所に行ったり旅行したりするのは精神を豊かに作ってゆく制作活動、ただそれだけで、なにも違いなどありはしませんよ。要するに、制作活動がしていたいんですよ。まああれだ、学科講師ってだけで、制作活動なんかしちゃいないだろうって勝手に決めつけられるんですけどね。自分が何かを作っていることを声高に叫んだりするのはアホ臭いと思って何にも言わないでいるからなおさら(叫ぶだけなら誰でもできるし)。まあ別にいいんです。そういう人たちの考え方を逆手に取れば、いくらでも有利に生きていけるので。それに、制作制作って声高に叫べるほど斬新で誇り高いものを作り出せているなんて思い込んでいたりもしませんし。

 で、まあカーゴパンツなのだけれども、私が選ぶのは基本的にブラックカーゴ。迷彩は選ばんのです。でも、今日来たのは珍しく、ベージュのカーゴパンツで、1950年代のデッドストック。ちょいと珍しい。もうひとつは普段着用のブラックカーゴで、薄手なのでこれからの季節にぴったり。デッドストックのやつは買ったのはいいけど、予備校にははいて行かない。チョークで汚したくないし(そうか。そろそろ汚れてもいい服だけを着てゆく季節か…。授業はじまるからなあ)。

 ジーンズなど、ここ10年以上はいてない。昔から好きになれない。たしか、「だってみんなはいてるじゃん。だからオレははかないよっ」ってな感じではかなくなったような気がする。はかないからジーンズの違いなどわかりはしないし(人工的に古着っぽく染め上げた製品の痛々しさとかならわかることもある)、店に並んでても見向きもしない。

 でも、私は別に軍隊好きではないのです。平和主義者のつもり。ただ、曾祖父は日露戦争だか日清戦争の頃に海軍少将にまでなった人で、戦艦だか巡洋艦だかの船長だったそうで。でも、会ったことないから別に影響なんか受けちゃいないと思うのだけれども。ちなみに、私の本名は曾祖父と漢字一字違いの読み方同じ。やっぱり関係あるんですかねぇ、こういうの。

 まあ、いずれにしろ、私がカーゴパンツを選ぶのはあまりにも誰も彼もがはいているジーンズが好きになれないのと、楽にはいていられるのと、シルエットが好きだからですよ(ブカブカ系は基本的にはかない)。まだしばらくはカーゴパンツだけをはくだろうなあ。今年はとうとう仕事場の入学オリエンテーションの時までカーゴパンツにジャケット/ネクタイ着用スタイルにしちゃったし。昨年までは、真面目にスーツ着て参加していたのに。
posted by 成瀬隆範 at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

やばい

 眠い…。そろそろ気力の限界だよぅ…。
 ここんとこはずっと生徒の面接で繰り返し繰り返しおんなじこと喋ってばっかりで…。
 あぁ…。昔は喋るの苦手で人見知りだったはずなのに、いったい何やってんだろう…。

 うぅ…。もう仕事行かなきゃ…。
 今日はテキストの印刷があって…。面接もまだ20人くらい残ってて…。同じことの繰り返しで…。
 でも昼にちょっとだけこう、清涼剤のようなものが予定に入っているから、それを楽しみに、仕方なく…。



 ___○ zZZ

 のこころ。
posted by 成瀬隆範 at 08:15| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 ふと空を見上げたら、たいして青くもない空に、新緑の木の葉の茂みを貫いて、真っすぐな朝日が透明に通り抜けていた。

 本当はそんな都会の緑だって、絶え間のない人混みの活気に疲れ、排気ガスをまき散らす、傍若無人な車に辟易し、大空に腕を伸ばしては、空を小さく切り取って、固められた大地の解放を訴え、植物の本質などまるで理解できない、万物の霊長気取りの小賢しい、人なる存在に木陰を与えるだけの存在に甘んじ、しかしそれを望んでいるわけではなく、森や林の中で、仲間たちと一緒に大地でつながって、自らが木陰の一部となることを望み、騒々しく生きることしかできない、動物という存在を静かに見守り、ほんの少しずつゆっくりと、生命を全うすることが生きることで、種という賢明なる手紙をばらまいては安定を得て、執着という病理を持たず、ずっと長い間保ってきたものを守り、疑問などを抱くはずもなく、時には自らのその身体に、賢者の実という本質を実らせては、つぎつぎとつぎつぎと、繰り返すことの大切さ、積み重ねることの価値、そういった静かなものを、じっと黙って広げてゆく。

 囲んで生きてゆくことが本質、抱いて揺さぶることこそ日常、しかし汚れた都会の緑は、切り離され、怯え、風にそよぐ緑色の音は既に乾き、濡れて艶めくのは、偶然の雨に降られた時だけで、その美しく静かな内質は、ごくまれに取り戻せるだけで、それでも、幹の内では泣きながら、根を少しでも強く張り、自分の仲間を探し求め、大地を貫いて、地中へと地中へと、人の知ることのない安定の中へと、音を立てずに伸びてゆき、終いには誰も、忙しく生きて死んでゆく、動物という儚い生命が途切れた後でも、緑は土の一部となり、風のなすがままになびき、涼しげな陰をいつまでも、いつまでも守り続ける。

posted by 成瀬隆範 at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

 みんなが足早に通り過ぎてゆく。

 私はそれをガラスという防護壁の中から眺め、できるだけ人の流れが途切れたときにそこを出て、どこにも焦点を合わせることなくただ無感動に歩いて行くだけの、みんなおんなじ歩き方の、そういった人波の流れにはできるだけ交わらないようにして、ゆっくりと土を踏みしめて歩いて行く。

 ひっそりとしたシャッターの向こう、今は開いていない店の中にだって、たとえそれがまだ眠りについている時間のままの空間だったとしても、そこには日常という時間がゆっくりと流れているはずなのに、人波のスピードはその流れを黙殺するから、まるでそれは、「時代」という名に相応しくないかのように使い捨てられてゆく。人は一見止まってしまっているような空間を欲しながらも、それは停車場のようにせわしなく、ひっきりなしに忙しく出たり入ったりするもので、多くの人は決してそこに留まろうとはしない。たぶんそういった空間は、利用されることでその存在意義をかろうじて保っていられるのだ。

 人波は自分たちだけが時代の渦中にいると思い込んでいる。人波に乗らないことは基本的に時代遅れで、それは恥ずかしいことだと声高に喧伝し、生活と日常という、同じことを繰り返してゆく重さから逃げ、華やかに渦に巻かれてぐるぐると廻っているだけなのに、それで自分はダンスを踊っている気になって、そうやって激しく残酷に時代に翻弄された後には、ただぐったりとその流れに身を任せるだけになって、でもそうやっていれば、自分が動かなくてもみんなに合わせて進んでいられるから、進んでいるつもりになれるから、そうやってぐるぐるとただ廻っているだけの方が楽になってしまって、社会のルールという枠の中からはみ出さないように努力を重ね、そのうち自分の足で歩いて行くことを忘れてしまう。

 人間といういびつな形をいくつもいくつも組み合わせて、そもそも正円のような社会を保つことは至難の業で、どこかに必ず穴はあいているし、ぶつかることもあるし、それが当たり前なのに、社交辞令と節度を上手にめっきすることで滑らかになったつもりになって、あらかじめ決められている色と形の階段を上り、それを自己実現と勝手に名付け、ただ与えられただけの色と形を個性と呼び、貧弱な思考を思想という看板で飾り、渦に身を巻かれることを流行と呼び、そうやってそうやって普通という幻想を保ちながら、ただぐるぐると、ぐるぐると廻り、めっきの施された自分の人生の滑らかさを、お互いに競い合ってゆくようになる。

 だから私はひっそりとしたガラスの防護壁から外に出て、でこぼこの土を踏みしめて歩きたくなってしまう。
posted by 成瀬隆範 at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月20日

朝っぱら

 美大受験予備校講師という性格上普段は昼から夜遅くにかけての業務の私が、今週はずっと朝から晩まで仕事をせねばならないので、さきほど朝起きて、テレビを持っていない私はネットでニュースをチェックしようと思って、そのくせなんとなく朝っぱらからとあるサイトにアクセスしたら、まさにクールなリニューアルの真っ最中で、リアルタイムでウェブサイトが組み上がってゆくのを観る喜び、なんかこう、貴重な時間を過ごさせていただきましたよ。

 …などという他愛もないことを、仕事が忙しくて Smoke Stings Studio の更新の時間がないときには適当に書き込んでごまかしたりしてみるわけです。

 それでは仕事に行ってきます。
posted by 成瀬隆範 at 08:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月18日

文字デザイン プラスチックカラード A & C 追加

Smoke Stings Studio

 文字デザインにプラスチックカラード A & C 追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月17日

表紙デザイン ブラックKカラー 追加

Smoke Stings Studio

 表紙デザインにブラックKカラー追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月16日

エレーン

 エレーンが心に響く。

 その性悪女はたぶん、何人もの男を食い物にしてきたはずで、その存在がこの世に認められなくなってしまった今、罵倒する勇気もない男たちは、陰で彼女の悪口を、言ったつもりになっている。エレーンは何人もの男を身体の奥底で感じ、しかしそのうちの誰一人として、彼女の心を動かしはしなかったに違いない。

 男なんて、みんな同じ…。

 男なんて、みんな同じ。たぶんそれは、同じような男だけが彼女に近づいてきたからなのだが、彼女にとってはそれが生きる世界の全てで、それでも、少しでも違った男を探そうとして男達を渡り歩き、揺れ動く体温の中で目を閉じてみても、結局はみんな同じ男で、求めてくるものも同じ、彼女を縛るのも同じ、彼女を捨てるのも同じ、それでも、彼女が気付かないのは、彼女自身もそういった男達と同じで、ただ異なるのは、生まれ持ってしまってどうしようもない「性」であり、ただ彼女は、男達と「性」が異なるからというただそれだけの理由で、彼らと交わることができる、ただ、それだけ。

 ある時は五感を解放し、ある時は感覚を閉じ込め、ただ空虚な瞳で天井を見つめ、壁を見つめ、そのくせ内奥は本能と欲望の渦に翻弄され、時には泣きながら、涙を流しながら、溢れ出る奔流に身を任せ、悶え、蠢き、嗚咽を漏らしながら、それでも、決して彼女を満たすものはなく、ただ、つながっている時だけが、考えることをしなくて済むというだけで、彼女は毎夜、一晩中、ただ温もりを求め、震える息遣いを求め、執拗に、しかし虚ろな瞳で、ともに居ることを男に求め、そうして彼女が得たものは、性悪女という陰口と、引き出しの奥に隠した、その冷たさを握りしめれば、まだ温かかった頃の、無垢でいられたあの頃の、時には強すぎる太陽の光と、波と、土の匂いと、潜在的な彼女の「女」を隠し続けてきた恥じらいが、ほんの少しだけ彼女の中に蘇り、しかし、あまりにも「女」でありすぎる今の彼女にとってそれは、抱き続けるにはあまりにも苦しく忌むべき生まれ故郷の硬貨で、ガラス窓から漏れる明かりと、家族という温かさすら遠くから羨ましそうに、たとえ触れたくても触れられず、暗く小さな部屋に帰って、小さな過ちによって生み落としてしまった少年を見つけ、どの男の息子とすらわからないその少年の瞳の中に、あれだけたくさん彼女の上を通り過ぎていったのに、一向に彼女を満たすことのない「男」という存在の萌芽を見出し、彼女はその少年を思わず打ち、打擲し、肺腑を破るような泣き声を止めるまで殴り続け、いつしか少年は泣くことすらしなくなり、少年の目は男達よりも、よりエレーンに近づき、虚ろになり、決して変えることのできない自分の運命をただ無感動に受け入れ、生きることそれ自体がただの日課となり、ただ、今日の朝に死んでいなかったから、また今日という日を仕方無しに生きるようになる。

 「生きていてもいいですか」と問いかけたところで、そんな言葉に対する答えは、もう誰だって知っている。ただそれは死ぬことを知らないから、だからただ生きているだけで、そうやってみんなは、自分がみんなと同じであるふりをして、あまりにも人間でありすぎる彼女に、性悪女というラベルを貼り、彼女はただそこから抜け出る術を知らないから、心奥を偽って普通のふりをして生きてゆくやり方を受け入れられないから、ただ、あるがままに生きていただけなのに、あまりにも「普通」でありすぎる世の中では、彼女が受け入れられることはなく、親によって名付けられたその愛らしい名前でさえも、この国ではそれは異端の印で、そうやって普通の渦の中に埋もれて、生きてゆくふりをしているこの国では、彼女は今夜の冷たい雨の中で、静かに瞳を閉じる他になく、そしてただ、彼女がもう起き上がってこないのは、たぶんもう目を覚ますことに疲れてしまっただけで、もう二度と誰にも聞けなかった問いを発することもなく、ひとつの生命が薄れてゆくのをただ無感動に見つめるだけの少年を残し、汚らしい寝床の中で、いつものようにじっと、現実との接点を静かに断ち切るままに、ただエレーンは、肉体だけの存在と成り果てた。


 (中島みゆき "エレーン" 『生きていてもいいですか』1980年)
posted by 成瀬隆範 at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルース歌詞和訳 "Lost Your Head Blues" 追加

Smoke Stings Studio

 ブルース歌詞和訳集に "Lost Your Head Blues" を追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月15日

新芽

Smoke Stings Studio

 春っぽく(「萌える」という言葉がやけに使いにくくなった今日この頃…)。
posted by 成瀬隆範 at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月14日

美大の国語 サイト内リンク追加

入試情報

 美大の国語にサイト内リンクを追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桜シリーズ、なんて

 桜シリーズ(「」と「残滓」)、どうだったでしょうか?数年前は、よくこういう文章を書いていたものです。満開で華やかで誰もが美しいと思う太陽の下の桜の話を敢えて書かないで、散った後の桜と雨と夜の闇を組み合わせて題材にするのが、私流です。

 私がこの手の文章を書く時は、大体においてひとつの光景、ひとつの場面を見た時の小さな感情の動きからはじまっています。例えば「」の場合はバスのステップを降りたときにヘッドライトに照らされていたアスファルトの上の散った桜の花びら、「残滓」の場合は帰宅途中に車とすれ違ったときに舞い上がった桜の花びらを見て、そのときに自分の中で何かが動いて、ずっとその気持ちを保ったまま帰宅してから、このブログに書き綴ったものです。ちなみに桜シリーズとは関係ありませんが、「居るべき理由」は実際にスターバックスの店内で書いたものです。文章中にあるように、感情を揺れ動かされたのは、スターバックスの入り口越しに見えた薄青色の透明な夕方の風景です。

 多くは自分の心の動くままに、感情をリズムに打ち直して書いてゆくような感じです。言葉の推敲や句読点の調整は行いますが、文章の推敲や構成の並べ替えはほとんど行いません。おおむね最初から順番に、自分の心の流れをそのまま書き写しています。こういう文章を書く時は、無意識のうちにけっこう色々な仕掛けを入れちゃう感じなので、暇な人は見つけてみてください。

 ここの所ずっと(5年くらい?)このような文章は書いていなかったので、ちょっとばかりよい刺激になりました。気まぐれだし気分屋なんで、こういう文章はもうこれでしばらく書かなくなるかもしれませんし、気が向いたらまたすぐに書くかもしれません。いずれにせよ、「この情景は、今文章にしとかなきゃだめだ!もったいないぞ!」っていう危機感というか、焦燥感というか、そういうものがないと書けない文章なんで、いつこういうものを書くのかは、自分にも全くわからんのです。

 なんてことを、明日(というか今日)仕事場の入学式だというのに真夜中の1時過ぎに更新して自分の睡眠時間を自堕落に削っている、今日の私はお馬鹿さんです。
posted by 成瀬隆範 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月13日

残滓

 生命の気を感じないままに薄闇の中を一人歩いていると、終いには自分の中でうごめく血脈と鼓動と、息遣いのリズムのみが聞こえてくるようになってくる。

 厳密に言えば、自分の他に生命の気がないなどということはありえない。少し向こうで真っ白に光っている電灯の周りには小さな黒い影が円を描いて幾重にも廻っているし、道の両側には、植物という実に静かに、しかし力強く繁茂する命が時折の風に吹かれてさわさわと囁いている。

 しかしこうやって家に帰るというただひとつの、しかし何回も繰り返してきた目的のために前に進んでいるだけで、交互に踏み出す左右の足の裏側から伝わってくる地面の抵抗感と、そして、筋肉と骨を通じて腹へ、胸へ、脳へと伝わってくる躍動のリズムは、私の体内で増幅され、何倍もの、何十倍ものふるえとなって、遂にそれは私を支配する音楽へと変貌を遂げ、私はそのままずっと、ただ真っすぐ前を見て脇目も振らず歩くようになる。そして、時折通り過ぎてゆく眩しすぎる光ーー車のヘッドライトの光がふと私の足元を照らしたとき。

 そこには真っ白な川が、さらさらと流れていた。

 ここ数日の雨と寒さで、地面に吹きだまっていたのは、ばらばらになった桜の花弁である。時には道のくぼみにそれは落ちて、それは小さな水に浮かんだ船となり、時にそれは風に吹かれて、道の端の方に吹き寄せられ、幾重にも折り重なって真っ白な点と線を成し、絨毯となり、いつまでもいつまでも、未練がましくひらひらと踊り狂っている。

 そして人が操る巨大な鉄の車が傍若無人にも通り過ぎるとき、それはまるで一陣の風に煽られたように、巨大な手によって掬い取られたようにさらさらと舞い上がり、あたかも川が流れるかのように、否、時には細長い海に波が立っているかのように、はかなくも風の形をなぞって舞い上がり、そしてまた無防備に舞い散ってゆく。

 それはいつまでもいつまでも、風が吹くたびに、車が通るたびに、今日の一晩中、繰り返されてゆくのだろう。そして明日の朝、きっと私は、そうやっていくつもの風の形を作ってきた柔らかな桜の花びらが土にまみれ、泥にけがされ、人に踏みつけられ、汚らしい残滓となってまばらに地面を覆っているのを見ることになるのだろう。

 たぶん私は、目を背けることができないに違いない。
posted by 成瀬隆範 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・話芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

美大の英語 サイト内リンク追加

i^?e¨A^i`?e´e´e`O´i¨O`E´oE´iA°[

 美大の英語にサイト内リンク追加しました。
posted by 成瀬隆範 at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
RSS feed meter for http://smokestings.seesaa.net/styles-63486.css
0このブログのトップ
9Seesaaブログ

 

since 2004.10 : copyright 2008 (c) all rights reserved : Naruse Takanori @ Ace Art Academy エースアートアカデミー

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。