2005年03月31日

バイオグラフィー Bessie Smith 追加

Smoke Stings Studio


 バイオグラフィーに Bessie Smith を追加しました。
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2005年03月30日

証人

 「PENCKのフォントを作ったのは私です」──真の作者にKDDIが謝罪(ITmedia 2005.3.29)

(記事概要)
 KDDIが「サイトウマコト氏デザイン」としていた「PENCK」テンキーのフォント。真の作者である足立裕司氏の訴えから同氏の「Major Kong」であることが判明、KDDIが謝罪した。


 私は著作権については別に専門家でもなんでもないので、正直あまりまともな考えなど書けるはずも無いのだが、「ウェブページを公開しているということは、アクセスした人の数だけ証人がいるということにもなるんだな」という感想を持った。

 国税庁の元職員がお恥ずかしい写真をWinny によって流されてしまったようだが、まあ、これも悪い意味での証人がたくさんできてしまったということだろう。

 一度デジタル化してウェブ上に流したデータは如何様にもコピーが可能なわけであって、それがどのように広がってゆくのかなど、予測がつくはずもない。ホームページを作って公開したばかりの頃は、自分の作ったホームページに対する著作権意識ばかり強くなって、転載禁止だのなんだの色々と偉そうな能書きをたれたりするものだけれども、まあ、ウェブ上に情報を流してしまった以上は、自分の予測の範囲を超えて公開した情報が広がってゆくことは実に当たり前のことであり、その際限なく広がってゆくということに対する覚悟を持たないのなら、そもそもウェブ上で情報など公開することはしない方がよいのではないかと、個人的には思っている。「リンクはトップページに!!」とか、もう今となっては無意味でしょう(カウンターをそんなに回したいのだろうか?ちなみに、うちのサイトはカウンター不採用)。これだけロボット検索が普及してしまったら、素直にトップページから自分のウェブサイトに入ってくるという事自体がもはや驚きのようなものだ。リンクなんか、自由にされて当たり前ではないかと、今では思うようになった。

 なんて書いてゆくと、当然のことながら、以前自分自身が能書きをたれていたブログに対するトラックバックの件などを思い出すのだが、きっとこれも、能書きをたれる分だけ意味が無いのだろうな、などとも思うようになった。1日に何回も同じところから来るトラックバックスパムはやはりかなり腹が立つのだけれども。まあ、あれだ。自分が嫌だと思っているようなことを他人にしないという、実に当たり前のことを基本にしてゆけばよいのかな。

 自分のサイトにアクセスしてくれた人、というウェブ上の証人が実際に法律的に意味合いを持ってくるのかどうかは別にして、少なくとも、1日に何十人か何百人か何千人か何万人かの人が、ウェブサイトやブログの管理人の存在とその情報に接し、その両者の存在が意識/無意識の内に入り込んでいることは間違いないわけだ。

 どうも最近の大手マスコミが流すニュースは、既に数日から数週間前にネット上で流されていた情報であることも割と多いようだ。各新聞社のウェブサイトは、自分たちの公開している記事の著作権やリンクに関してかなりうるさくいろいろ能書きをたれているようだが、その割には様々な個人サイトや掲示板等で流されていた情報を使い回して書いているような記事に巡り会うこともあり、それは原文をそのまま転載しているわけではないというだけで、結局は情報の本質を盗用しているように目に映るのである。もちろん、個人サイトや掲示板では報道責任を追求するのはなかなか難しいことであろうから、たとえ建前としてでも情報公開の責任を常に自覚しながら報道してゆく(ことを理想としているはずの)マスコミの存在はまた格別のものではあるのだろうけれども。

 何にせよ、社会的には大きな力を持っている KDDI やサイトウマコト氏がフォントの作者に対して割と素直に謝罪したことは好感が持てる。まあ、色々計算した上での謝罪だったということも考えられるのだけれども。少なくとも、PSP のボタンのデザイン(初期不良/デザイン上の失敗)を「仕様だ」の一言で片付けようとしたソニーよりはまだマシだろう。インターネット上には、法律上の力を未だ認められてはいないかもしれないが、社会的には大きな力を持ちうる「証人」がたくさんあふれていることをしっかりと認識した上で、様々な事柄に対応してゆくべきなのであろう。仮想世界でも、現実世界でも。
posted by 成瀬隆範 at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 考える。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャズ/ブルース和訳集 インデックスページ レイアウト更新

Smoke Stings Studio

 ジャズ/ブルース和訳集のインデックスページレイアウトに多少変更を加えました。
posted by 成瀬隆範 at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

停滞

 なんか、ここ2日ほど連続して偶然の飲み会が2つも重なって、生活のペースが崩れてウェブサイトの更新どこじゃなかったです。でも、普段はあんまり一緒に飲んだりしない人や、何年も会っていない教え子なんかに久しぶりに会って、しかも前と同じように話すことができるなんて、なんかうれしかったです。

 美大受験予備校の講師なんてのは、生徒が一年間で交代してゆくだけの変わり映えの無い生活を送る仕事で、自分の制作が世に認められて作品が売れるようにでもならない限りは、同じようなリズムの生活です。そして、季節ごとのリズムも同じ。この時期の私は、授業なんかもあんまり無くって、なんか停滞している感じです。静かに時間が過ぎ去ってゆくような。

 早く停滞脱したいです。
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2005年03月28日

単なる2進法

 スパムの意外な事実……読んでクリック、買っちゃうユーザーまで多いと判明(MYCOM PC WEB 2005.3.24)

(記事概要)
 米Radicati Groupおよび米Mirapointは、スパム(迷惑メール)を受信したユーザーの対応などを調査した最新レポートの発表を行った。スパムを開封して内容をチェックし、URLリンクをクリックしたり、実際にショッピングまで行ったりするユーザーも少なくないことが明らかにされている。


 こういう記事を読むと、コンピューターに関する教育が明らかに立ち後れていることを実感する。今回はアメリカでの調査だが、これを日本でやったらどうなるのだろうか。

 コンピューターの前に座ると、人は独裁者になってしまうわりに、実のところコンピューターに関しては知らないことばかりである。実際怖いのは、コンピューターやアプリケーションがどのように動き、どのように機能しているかを知らないのに、コンピューターを使いこなしていると錯覚してしまうことだ。ある意味、コンピューターやOS、アプリケーションの開発者をほぼ無条件(無意識のうちに)に信頼せざるを得ないのである。

 ゲームも同じことである。昔に比べればゲーム内でとれる行動というものに自由があるように思えるが、結局はゲームのシステム内で許されただけの限定された行動のパターンが増えているのに過ぎない。ゲーム脳などという言葉を盛んに言い立てている人もいるようであるが、そういった人たちの意見が正しいのかどうかは別にしてみても、ゲームをやり続けるということが、「他人から与えられた限定されたシステムの中で、自分の意思でが自由に動いているということを錯覚し続ける」状態を作り出していることは間違いないであろう。最近はどうだか知らないが、以前ゲームセンターなどに行くと、負けた瞬間に悔し紛れに操作ボタンを手で叩き付けているやつをよく見かけたものだ。あれは、他人から与えられた限定されたシステム(ゲーム)の中で自分の意思でが自由に動いているということを錯覚し続け、その「自由」がうまく行かなかった時の苛立ちを瞬間的な行動で表に出しているわけだ。少なくとも当時(10年前以上)は、あのような瞬間的な苛立ちをあらわにしている人間を、ゲームをしている場以外で見かけることはあまり無かったように思うのだ。あのような苛立を実生活の場で出したとしたら、そのような人間は次第に友人を失っていったはずである。

 いずれにしろ、コンピューターの前では人間は傲慢になり、そのくせその傲慢さにつけ込まれて多くのくだらない間違いを犯す。リンク先の調査の結果のように、10%もの人間がスパムに引っかかっているとするのなら、スパム業者はそのような部分にうまくつけ込んでいるわけだ。

 スパム業者のやり口が、性風俗関係の営業のやり口に似ているということも、何となく理解できるような気がする(と、いうよりも、性風俗業者の経験者が数多く関わっているのではないかと思われる節がある)。男も女も、異性にちやほやされれば、自分が賢く立ち回っているつもりになっても舞い上がって多くの間違いを犯す。ホステスあるいはホストの多くが計算や打算の下で客の払う金をちやほやしているだけなのに、客の側はそれを自分の男としての価値や女としての価値を認めているように錯覚してしまうのだろう。そこにつけ込まれるわけだ。これは、スパム業者のやり口と似ている部分がある。コンピューターの前に座っている人間は、賢明なる自分の判断でスパムメールを開き、URLをクリックし、自分がなにがしかの利益を得ていると錯覚してしまっているわけだ。そこにつけ込まれているわけである。

 以前、Tina Turner の "Private Dancer" という売春婦を歌った曲を訳したことがあった。それは、「男なんてみんな こういう場所に来るものよ 男なんてみんな みんな同じじゃないの 顔なんてどうでもいいの 名前だってどうだっていいわ 人間だとすら思ってないわ あんなやつら どうってことないじゃない お金だけ気にしてりゃいいのよ ただじっと 壁を見てればいいことじゃないの 私はあなたに買われたのよ お金のために踊るのよ」という、訳していて非常につらくなるものだった。私はこういうことを言われると、「男なんてみんな同じだと思うのは、同じような男しか見ていないからだ」などと言いたくなってしまうのだが、まあ、男も女も「男と女」という生物学的な属性、つまりは、あまりにも根本的すぎる属性を生まれながらに持っているわけだ。やはり男には男特有の属性があり、女には女特有の属性があることは否定できないはずであるとは思っている。そしてその属性を、差別のネタにする人間としない人間の2種類の人間が、この社会にはいるということなのだろう。

 いずれにしろ、信じるか、疑うか、単純に分けてしまえば、この2つにしかならない。まさに、0か1かの2進法というわけだ。人間的に魅力があるのは「信じている人間」であることは明白であるが、世の中を渡ってゆくのに有利なのは「疑ってゆく人間」であることも、また明白なことである。
posted by 成瀬隆範 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 考える。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月27日

ジャズ歌詞和訳集 3曲追加

Smoke Stings Studio


 ジャズ歌詞和訳集に
  ○ "I've Had My Moments"
  ○"I'll Never Be The Same"
  ○"My Baby Just Cares For Me"

 の3曲を追加しました。いずれも Gus Kahn の作詞です。
posted by 成瀬隆範 at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月26日

納得できない

 今日は仕事場ホームページのトップページを更新した(美大への合格者総数や合格率なんかの掲載)のですが、横から他の人にああしろこうしろと色々言われているうちに、全く自分で納得のゆかないものができてしまいました。

 なんかホームページ作成の初心者がよくやるような、何でもかんでもフォントをでかくすれば目立つっていうような発想の、たいていのブラウザで格好悪くレイアウト崩れを起こすような泥臭いデザインを求められ、結局そのべたべたで(自分的に)非常に格好悪いデザインのままで更新をせざるをえなくなりました。非常に残念です。

 まあ、横から言われて初めて気付いた点とか、そういう納得できるアドバイスもあったんだけど、当方が最初にやったデザインを「素人臭い」って言ってた割には、向こうが納得したデザインが私から見て非常に素人臭く見えるのがなんかヤです。

 まあ、こういうものっていうのは正しい解答なんて無くて、結果的にどれだけ人を惹き付けられるかが様々な要素によって決まってくるものだけれども、やっぱりなんか納得いかないのです。一晩寝て、二晩寝て、次に仕事場に行ったときに、指摘された中で納得できる部分を最大限に生かし、しかも(自分的に)素人臭くないようなものにがんばって変えてみますよ。今は腹が立って、正しい判断力なんて働かないです。

 ってことで、ヤケ○○。
posted by 成瀬隆範 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近、なにかとありまして。

 仕事やらなんやらかんやらあって、あんまり更新する時間が取れませんです。最近、気分のみ忙しく、家にいる時はウェブサイトの更新を黙々とやるよりも、たらたらとしてくつろぎを求めるようになりました。

 あと、やたらと買い物したくなってます。なんかこう、次の年度に向けて、環境をしっかり整えようかな、なんて思っているのかもしれず、やたらインテリア関連の製品や文房具、PC周辺機器などに目がいっちゃってます。目がいっちゃってます。目がいっちゃってます。…繰り返さない方がいい。

 えーとそれから、パラ○イス情報通信とかいうワケのわからないサイトからのスパムメールが最近1日につき10件近く来ていて、イラついてます。一応、アダルトサイトなんかではないようですが、1日に10件もメルマガ流したら、普通いやがられるだろうに。っていうか、なんで登録しても無い私にメルマガ出すんだよ。

 こういうのは抗議メール送ったりしたらそれこそ向こうの思うつぼなんで無視してますけど。
posted by 成瀬隆範 at 09:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月24日

ジャズ歌詞和訳集 "The one I love belongs to somebody else" 追加

Smoke Stings Studio

 ジャズ歌詞和訳集に "The one I love belongs to somebody else" を追加しました。
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2005年03月22日

破綻するのが当たり前だ

 論理ってやつが大嫌いになって、もう何年も経つ。

 言葉は事象を切り取るだけのものだ。どれだけ言葉を重ねてひとつの事象を切り取ったとしても、全てを言い表すことは決してできない。それはつまり、例えば人間の体を構成する各器官を全て揃えて組み立てたところで、けっして生きている人間が作れはしないということに似ていると思う。人は肉体がなければ生きては行けないのは事実かもしれないが、肉体だけでは生きられないのもまた事実なのだ。それと同じで、ひとつの事象は生命のごとく形のないものが常にその中に隠されていて、それを言葉で、つまり空気のふるえで、あるいは文字という点と線の組み合わせで表現しようと思っても、そういった形のない部分は再現しきれないのである。

 言葉が仲良くしてくれないのは、それが理由である。内在する形のないものをどれだけ形のあるもので表現しようとしても、それは多分、最初から矛盾しているのだ。

 自分の気持ちが伝わらない。それは当たり前である。自分の気持ちが伝えられない。それは当たり前である。笹沢左保は、「人間は裏切るのが当たり前だ。信じるほうがどうかしている」と著書の中で書いていた。しかし、私に言わせればこうだ。「人間は形のあるものを通じて形のないものを求めたがる。最初から矛盾しているのだ。」

 私は、その矛盾こそが人間らしさだと思っている。私にとって笹沢左保の言「人間は裏切るのが当たり前だ。信じるほうがどうかしている」は少々受け入れ難い部分がある。しかし、彼の言いたいことはよくわかるのだ。多分彼は、私よりももっとドライに、人間らしさ、つまり人間としての矛盾を受け止めていたのだろう。多分それは、彼の人生経験からくるものなのだろうけれども。

 私が言葉を使うとき、あるいは、仕事で人を教えなければならない時、私は決して精密な論理で相手を圧倒しようとは思わない。それよりもただ、自分を動かす方向性を持ったベクトルとして、私の言葉を捉えてほしいといつも思っている。数字をベースにした、精密で間違えのない計算など、私は求めない。それよりもただ、どちらの方向に進んでいるのか、何を目指しているのか、ただそれだけが重要なのではないかと思っている。

 計算など狂うのが当たり前だ。論理など破綻するのが当たり前だ。際限なく言葉を探し、それを破綻なく組み立ててゆこうとする作業には、私はもううんざりしている。そんなことをしても、一番大事な「形のないもの」にはたどり着けないのだ。
posted by 成瀬隆範 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 考える。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャズ歌詞和訳集 "It Had To Be You" 追加

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 ジャズ歌詞和訳集に "It Had To Be You" を追加しました。
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2005年03月21日

楽をしたがる

 肥満防ぐたんぱく質…やせ薬開発や糖尿病改善も(Yomiuri On Line 2005.3.21)

(記事概要)
 肥満の予防に役立つたんぱく質を、慶応大と山之内製薬の研究グループがマウス実験で突き止めた。このたんぱく質は人間にもあり、やせ薬の開発につながると期待される。



 どうも人間は楽をしたがるようだ。「痩せる(病だれに注目!)」のではなく、「健康的な肢体になる」ことが重要であることを忘れてしまっているのだろうか。やせ薬を飲んで痩せることがいかに病的なことであるか気付かないのだろうか?大体、食料事情がよくなかった時代に置いては、太っていることは社会的に価値を持っていたはずだ(もちろん限度はあるのだろうが)。「少しお太りになられましたね」という言葉が褒め言葉として使われていた名残が、確か古典落語の中にも見られたはずだ。

 私は現在、最寄り駅まで歩いて仕事場に行くことにしている。最大で往復6kmくらいは一日に歩いている計算になる。

 以前の私はバイクに乗っていた。どこにでも行くことができるのが魅力だった。しかし、心の奥底では、どうしても釈然としないものが残ることを否定できなかった。果たして、私という人間ひとりを運ぶことは、230cc(ないしは 400cc)もの排気ガスを排出するに値するのだろうか?と。だからその気持ちが強くなったとき、私はバイクに乗るのを止めた。

 次に乗るようになったのは、自転車である Gary Fisher の Sugar 3 という MTB で、こいつがまためっぽう気に入っていた。それまでは自転車などに金をかけたことはなかったのだが、この MTB を買った時、金がかかるものはそれなりの価値を持っているということがよくわかった。しかし、高級な MTB は盗難に遭いやすい(車体が軽く、ひょいと持ち上げてどこにでも運んで行けてしまうのだ)。最初のうちは喜んで乗っては色んなところへ行っていたが、そのうちに盗難されることへの恐怖感が強くなってきた。仕事場に乗っていっても、つい気になってしまう瞬間がある。遊びでどこかへ出かけても、食事をしている時などにも気が気でなくなってしまうことが多くなった。結局私は、あまり MTB に乗らなくなってしまった。MTB に自分の気持ちが束縛されてしまうことを厭うたのである。

 だから結局、私は歩くことにした。少なくとも、歩いていれば束縛されずに済む。私はどのような方向にでも、好きなように進むことができる。バイクに乗っている時よりも、自転車に乗っている時よりも、私は歩いている今がすごく自由になったような気がするのだ。

 私が敬愛する作家笹沢左保は、江戸時代の庶民は栄養学など知らないし暮らしも貧しかったのに健康でいられたのは、とにかく歩いていたからだ、とある本のあとがきで書いていた。歩くことで肉体は活性化し、体の様々な器官の調子が良くなってくるわけだ。それに引き換え現代人は車に乗り、エスカレーターに乗り、肉体を甘やかしているというのである。

 昨今ではいわゆる「ゆとり教育」が見直されてきているようだが、明らかに人間は常に鍛えられることを必要としている。肉体的にも、精神的にも。別に、「鍛える」などという苦労をしなくても、もちろん、生きてゆくことは可能である。しかし楽をして生きようと思うということは結局は自分を甘やかすことになり、肉体には脂肪がまとわりつき、精神には傲慢さがこびりつき、醜悪な人間になっていってしまうのだろう。

 どのような苦労を背負い込もうと、それを「鍛えられている」と解釈すれば、大して抵抗感はないはずだ。どうも色々見ていると、苦労することはマイナスであり、苦労しないことがプラスであるという勘違いをしていることが多いような気がする。苦労することも苦労しないことも、どちらもプラスの属性とマイナスの属性を両方持っているものであり、プラスマイナスをどちらにとらえるかは、その人次第なのだ(いや、本当はあらゆる事象がそのはずなのである)。

 私はやせ薬のプラスではなく、マイナス面をどうしても見てしまう。だいたい、安易に薬を使おうとする人間は、薬を恒常的に飲んでいなければ生きてゆくことができない人間の苦しみがわかっていないのではないか(ちなみに、痩せなくたって生きてはいける)。日常的に薬を飲まなければ生きてすらいけないという事実がどれだけ人の心を傷つけるかは、体験しなければわからないのだろう。

 しかし苦しむことで、傷つくことで、人間の内面は強くなってゆくはずだ。私は安易に素早く目的地に到着するのではなく、一歩一歩の歩みはゆっくりだとしても、自分の足で進んでいることをしっかりと確かめながら、少しずつ強くなって目的地に到着することの方を望んでいる。だから私は日常的に歩き、旅をする時も、私は飛行機ではなくフェリーや鉄道を選ぶのだ。
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2005年03月20日

ジャズ歌詞和訳集 I'll See You In My Dreams 追加

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 ジャズ歌詞和訳集に "I'll See You In My Dreams" を追加しました。
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2005年03月19日

ジャズ歌詞和訳集 "Love Me Or Leave Me" 追加

Smoke Stings Studio

 ジャズ歌詞和訳集に "Love Me Or Leave Me" を追加しました。
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2005年03月18日

ビール原料のホップ、胃かいよう予防に効果?

 ビール原料のホップ、胃かいよう予防に効果?(Yahoo! 2005.3.17)

(記事概要)
 ビール原料のホップから抽出した「ホップ・ポリフェノール」が、胃かいよう発症に関与し胃がんとの関係も指摘されるピロリ菌の毒素を弱めることが、千葉大大学院医学研究院とアサヒビール(本社・東京)の共同研究で明らかになった。


 薬は毒であり、毒は薬である。毒も薬ももともとは肉体や精神に対して何らかの作用を持った化学物質であることは共通している。それを科学の視点や見た目で判断したときに、一見吉と出ているか凶と出ているかの違いだということに過ぎない。

 当たり前の話だが、ビールはホップのみで製造されているわけではない。その他にも数多くの物質が含まれているわけで、上記のようなプラスの効果があることが証明されたからといって、ビールの価値が今まで以上に上がるわけではないはずだ。

 あらゆる事象はあらゆる要素によって構成され、そのどれひとつを見逃しても正しい判断はできない。ピロリ菌の毒素を弱める以上にアルコールが体を毒してしまっては意味がないし、アルコールを継続的に接種することによって自殺を免れた人間だって数多くいるだろう。

 全てのものは役に立てようと思えばいくらでも役に立つし、人間をダメにしようと思えばいくらでもダメにできる。私が恐れているのは、新たな科学的見地での解釈というものが、過度の影響力と信頼性を持ってしまっているという事実である。科学は決して正しいものではない。それは、高度に再現可能な小説のようなものなのだ

 歴史も、科学も、現実に生きる人間のために都合の良いように作られた、実によくできた仮想世界に過ぎない。私はただ単に、ビール原料のホップが胃かいよう予防に効果があるかもしれないという「ひとつのものの見方」が発表されたと、この記事を解釈する。

 小説を信じ込んで生きることが愚かであることは知っている人でも、科学となると無条件に信じ込んでしまっていることは、私に取っては実に不思議なことである。小説は再現不可能な虚構であり、科学は再現可能な虚構である。そして社会というものは常に、後戻りのできない虚構なのだ。
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バイオグラフィー Gus Kahn 追加

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 バイオグラフィーにアメリカブロードウェイや映画音楽で作詞を行っていた Gus Kahn を追加しました。"My Buddy" や "Makin' Whoopee" の作者です。
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2005年03月17日

超個人的備忘録

 本日、4時半ないしは5時から6時半までの間。詳細一切不明。不可解。
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Good's Logicool ウェブカメラ 追加

Goods

 Good's(クッドデザイン)にロジクールのウェブカメラを追加しました。


Logicool ウェブカメラ
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